轟沈。
オウリュウモンの左右の刀が落下した。
ドルゴラモンの破壊の進撃の前に、ユーリンのパートナーデジモンは翼をくだかれネットワークの海に沈む。
ゲートにたたきつけられる。
長い体をはずませたあと、そのまま横たわった。オウリュウモンは気絶、マインドリンクしているユーリンも意識を失う。
そして――一気に成長期の姿に退化してしまった。
ダメージによるものか。あるいは敗北を悟ったオウリュウモンが、だれよりデジコアにいるユーリンの生存のために、本能的に少しでもマインドリンク持続時間を延ばそうとしたのか……。
リュウダモンとなって横たわった相手の姿を確かめると、ドルゴラモンはダウングレード――一成長期ドルモンの姿に戻った。
「デジコアは傷つけていない」
ドルモンが告げた。
かたわらにコースケがホロライズする。
「拘束させてもらうぞユーリン。もう意識もないだろうが……」
ツールを起動――リュウダモンに拘束ツールをはめる。
X国データサーバでムゲンドラモンを拘束していたツールと同様のものだ。リュウダモンにユーリンがマインドリンクしている以上、デジモンのコントロールを完全に奪うことはできないが、動けなくすることはできる。
そこまで作業をおえると、コースケはやっとひと息ついた。
「ごめんねリュウダモン。でも……こうするしかないんだ」
と言いながらドルモンは、さほど申し訳ないと感じてるわけでもなさそうだ。
――オペレーション・タルタロス、フェイズ2、コンプリート。
「フェイズ3に移行するぞ、ドルモン」
「了解、パートナー。オペレーション・タルタロスを続行……予定よりもマインドリンク持続時間がおしている」
「許容の範囲内だ」
クラッカー・タルタロスほどのSS級クラッカーであっても、究極体による戦いではマインドリンク持続時間を大幅に消費する。
それでも象潟講介は、デジタルワールドにとどまる時間を未だ充分に残していた。
「オウリュウモン……手強すぎたね」
ドルモンは拘束された好敵手を見た。
「ああ……2度と、こんな戦いはごめんだ」
「おたがいマインドリンクしてなかったら、勝負ついてないよ、ぜったい」
ドルモンが言いたかったことは――
ユーリンとマインドリンクしていたからこそオウリュウモンは強くなり、そして今回だけは、それが敗因になったということ。
ユーリンは、彼女の心に後悔があるかぎり、サヤの救出をあきらめていないコースケをとめることはできなかったのだ。
「マーヴィン、生きてる?」
ドルモンが幹部チャットで声を飛ばした。
「――かろうじてな」
マーヴィンからの返事がくる。
「まだ、余裕がありそうだね」
SoCは作戦の進行と、チームの状況を確認した。
デジ対の主戦力オウリュウモンを撃破、拘束。
マインドリンカーのハイコマンドラモン2体は、エイジの進化したソルガルモンが沈黙させた。
デジ対の部隊はおよそ3割を損耗。
こちらの被害は……幹部たちの完全体は、マインドリンクのタイムリミットがせまった順に離脱していた。残るは指揮のために温存されたマーヴィンと、エイジ、あとはわずかに数体だ。
総括すると、たがいに戦力の消耗がはげしいものの、デジ対はSoCに対する決定的な打撃力を失った。
スラムのデジモンは奮戦している。
煽りに乗ったクラッカーたちのデジモンは、未だに数を増してはいるものの、優勢なゲートキーパーの迎撃によって勢いを失いつつあった。
「潮目が近いね」
ドルモンが判断する。
均衡がうしなわれたとき戦局は一気に動く。SoCにとっては、オペレーション・タルタロスがつぎのフェイズにすすむことを意味した。
「さて……本番だ」
「おれたちの物語のフェイズ3だね」
長年連れ添ったパートナー、コースケとドルモンはうなずきあう。
「マーヴィン! エイジをこっちによこしてくれ」
ドルモンが告げた。
「わかった、お守りをつけておくる。おまえらの背中はおれに任せろ」
「〝アレ〟を出すんだね……!」
「ハッ……当然! いま使わないで、いつ、使うんだよ」
ガチャン――
マーヴィンがツールを起動する。
同時に、この世のものとは思えない魔性の呻きがチャットにひびきわたった。
サツキは現場指揮官として決断をせまられていた。
左翼小隊は半壊、全体で3割近い戦力を損耗した。戦術上は全滅判定。主戦力とみていたハイコマンドラモンML2体の損失は埋めようがない。
「ナガスミ・エイジ……!」
歯がみする。
ナガスミ・エイジのパートナーデジモンは成熟期どまりだったはずだ。
未確認情報だが、例のハッカー・ジャッジとやりあったとき完全体に進化したものの、マインドリンクとしてはコントロールを喪失し、失敗におわったはずだ。
「――この短期間で完全体をモノにした……!?」
A級を飛び越えてS級クラッカーに。ナガスミ・エイジはサツキに匹敵するレベルに進化したことになる。
なにが、どうなって、どうして、あのコゾーを強くした。
9番街でコンタクトしたとき、なんとしてもたたきつぶすべきだった。
「玉姫副班長」
やや不安げな部下の声が無線で飛んだ。
「うん」
そして最悪の事態――
班長のユーリンが敗北した。
SoCのリーダー・タルタロスのドルゴラモンに負けた。デジ対にとっては想定外、悪夢の展開だ。
警察が敗北することは許されない。過去、警察が――最終的に武力を用いて反社会的組織を制圧しようとしたとき、失敗したことはなかったはずだ。
少なくともリアルワールドでは、なかった。
でも、デジタルワールドでは、そうはいかなかった。
デジタルワールドは無法。ここは法治国家ではない。ここは戦場。
「左翼小隊は後退……残存戦力の再編成を。右翼、中央はゲートキーパーの攻撃に対応」
さいわいなことに、先ほどからSoCの攻撃はやんでいる。
サツキは決断した。
「――再編成をすませ次第、デジ対は……全隊撤退する」
「副班長っ……! しかし!」
「四の五の言うな。これは命令だ。班長の命令でもある」
この出動にあたって、サツキはユーリンに厳命されていた。
ひとつはサツキが全隊の指揮を執ること。ゆえにサツキとヌメモンは成熟期にとどまり、直接戦闘は行わずマインドリンク時間を維持すること。
もうひとつは、仮にユーリンとオウリュウモンが敗北したときは……即座に撤退すること。
「しかし班長がSoCに拘束されています!」
「わかっている! だから撤退するしかない!」
叫び、自分にいい聞かせる。
もはや戦力の均衡はくずれた。
この戦場にとどまることは全滅への道にしかつながっていない。
警察官であれば、直属の上司であるユーリンを見捨ててはおけない。部下たちの気持ちはわかっている。
いうまでもなく徐月鈴は、日本警察のカウンター・デジモン部隊創設からの草分けであり第一人者。上層部からはうとまれることも多かったが、部下からは尊敬、信頼されている。
だが彼らはデジ対だ。警察官だ。命令は絶対だ。
「こちら玉姫……タチバナ、サクラダ、動ける?」
「すみません、玉姫副班長……」
ハイコマンドラモンのマインドリンカー2名は自責の念にかられていた。
「相手がわるかった。サポートするから、ふたりはすぐに撤退を」
「しかし!」
「これは命令……反論は禁止。すみやかに実行を」
2体のハイコマンドラモンが、カーゴドラモンに回収されて撤退する。
続いて被害の大きい左翼小隊。ほかの部隊は撤退を支援する。
「どこだナガスミ・エイジは……シールズ1、こちら玉姫」
「こちらシールズ1、現在、拘束された班長を監視中です。ちょっとようすがおかしいですね」
シールズドラモンの部下が返信した。
「どういうこと?」
「ホロライズしたクラッカー・タルタロスらしき人物と幹部が集まって……なにか、始める気なのか」
「すまないけどシールズ1はそのまま監視を続行。ただし危険を感じたら撤退を優先して」――――
ウォールゲート。
エイジは幹部のひとりに守られながら、リーダー・タルタロスのもとに駆け付けた。
ドルゴラモンは成長期のドルモンに戻っていた。となりではタルタロスがホロライズしている。象潟講介――ほぼ本人を模したアバターだ。
「じゃ、新人は送り届けたんで! おれはそろそろ……」
成長期に戻ったルガモンを護衛してきたSoCの幹部は、タイムアウトを告げた。
「ありがとう。今日の予定は?」
「学校に子供を迎えにいく時間なんです」
「それは大変だ……忙しいところ、すまなかった」
「とんでもない! リーダー・タルタロス……いつかうちのガキが大きくなったら、今日のことを自慢しますよ。パパはこの場にいて立派に戦ったんだぞ、って」
「そうか……いいな」
「いまならデジ対の撤退に乗じて逃げられます。じゃ!」
笑うと、幹部のデジモンは離脱していった。
デジ対の残存部隊はカーゴドラモンに分乗、撤退を始めていた。
「逃げるのか、サツキちゃん……」
エイジはルガモンのとなりにホロライズする。
1体の成長期デジモン――リュウダモンが拘束されて気絶していた。さっきまでドルゴラモンと戦っていたデジ対のオウリュウモンがダウングレードした姿だ。
「警察は上司命令が絶対だ。そこらへんも各自判断するクラッカーとの違いだが……」
タルタロスはリュウダモンを一瞥する。
「このデジモン、大丈夫なの? あっちの班長さんも……」
「気絶しているだけだ。拘束ツールで動きを封じている。デジコアは傷つけていない」
タルタロスの言葉に、エイジはひとまず安堵した。
「で……つぎは?」
ルガモンがたずねた。
ここまでオペレーション・タルタロスは順調にすすんできた。
そして、ここからが本番だ。まだ最終フェイズにもすすんでいない。
「いうまでもなく、つぎの目標はウォールゲートのクラッキングだ」
ドルモンが言った。
「おう」
「ゲートクラッキング――今回とる手段は、プロトタイプデジモンによる、旧式インターフェースを利用したデジタルワールドのバックドアへのアタック」
「プロトタイプ?」
「旧式?」
聞きなれない言葉に、エイジとルガモンは顔を見あわせた。
「…………? あれ、知らない?」
ドルモンはとまどってみせた。
「知ってるからってえらそうにすんな! いちいちマウントとろうとしないで、すなおに教えろ、この……」
「いや龍泉寺教授あたりから、少しは聞いていたのかなー、とか」
ルガモンとドルモンは、すぐケンカになる。
「あ!」エイジはルガモンをヘッドロックすると顔を指さした。「おでこのコレか?」
ルガモン、ドルモン、リュウダモン……。
3体のデジモンのひたいには、おなじインターフェースがついていた。
ドルモンはうなずいた。
「そういうこと。その旧式インターフェースを有するデジモンをプロトタイプデジモンと呼称している」
「プロトタイプって……試作品みたいな意味だよな?」
「なんでおれのインターフェースが旧式なんだ!」
ルガモンは機嫌がわるくなった。お古のポンコツみたいに思えたらしい。
「デジタルワールドの古い仕様にもとづいている、というだけで、かならずしも優劣は意味しないよ」
ドルモンが答えた。
「…………」
「新しいものが、常にすぐれているわけじゃないってこと。実際この旧式インターフェースはウォールゲートの……デジタルワールドの重大なセキュリティホールになっている。古いがゆえに」
たとえば、あの〝乱渦(タービュランス)〟のような。
〝深層〟デジタルワールドにつながる〝穴〟――〝裏口〟だ。
「デジタルワールドのシステム管理者……〝神〟の盲点だ。そこを突く」
タルタロスが言った。
「おお、神の盲点!」
なんだかすごそうだ。エイジは興奮した。
「――つまり旧式っていうのは、いにしえの伝説のチカラみたいなもんか! ルガモン、おまえ、やっぱなんかすごいのな!」
「あーん……? まぁ、おれがすごいのは知ってたけどな!」
ルガモンはインターフェースを猫みたいに前脚でフキフキした。
とりあえず、ふたりが納得したのでドルモンは続けた。
「ゲートクラックに必要なのは〝3体〟のプロトタイプデジモン……データ種、ワクチン種、ウィルス種による〝3種〟の鍵を用いた同時クラッキングだ」
「3相克……ってやつか」
エイジは、DDLの受付ロビーにあったホロライズのオブジェを思いだした。
「データ種はおれ、ワクチン種はそこで拘束しているリュウダモン、そしてウィルス種はルガモン……おまえだ」
「おう」
「それで、おれたちはなにをすればいいんだ? ドルモン」
エイジは気が急いた。
S級クラッカーになったいまなら、なんだってできるはず。目的にむかって突っ走るときだ。
「なにもしなくていい」
「え?」
ドルモンの返事に、エイジとルガモンは拍子抜けした。
「クラッキング作業はすべてタルタロスが実行する。おれたちプロトタイプデジモンは、あくまでもインターフェース――媒介装置として機能する」
「ああ……そこで寝てるリュウダモンはデジ対だもんな」
ルガモンは合点がいった。
「そういうこと。警察がゲートクラックに協力するわけがないしね。でも、それでいいんだ。拘束しておけばインターフェースとしての用は足りる」
だから戦ってねじ伏せた上でリュウダモンを拘束する必要があった。
「ルガモンはインターフェースで……おれは?」
なにをすればいいのだろう。エイジは困ってしまった。
ルガモンとドルモンは顔を見あわせる。
「祈っとけ」
「祈って」
ウォールゲート。
ルガモン、ドルモン、拘束されたリュウダモンが三角形の配置に並び、ホロライズしたコースケがその中心に立った。
「プロトタイプデジモンのこと、教えてくれてもよかったのに」
エイジは……ヒマそうだ。
「ただ旧式インターフェースを3属性集めればいいわけじゃない。ゲートクラックを実行するためには、プロトタイプデジモンとして完全体に進化できるスペックが必要だった」
ドルモンが答える。
「へー……って、おれとルガモン……ソルガルモンの出待ちだった?」
「そう。おまえたちの進化を待っていた」
ドルモンの説明によると、旧式インターフェースの規格は本来、完全体までしか対応していないのだという。
理由はわからない。
仮説としては、昔のデジタルワールドではデジモンは完全体までしか進化できなかったのかもしれない。ドルモンやリュウダモンが究極体になれるのは、プロトタイプとして新たなステージへの進化をなした結果だ。
「オペレーション・タルタロス、フェイズ3を実行する」コースケが宣言した。「ここからゲートクラックまではノンストップだ。ドルモンとルガモンの戦闘能力は一時的にゼロになる。SoCの諸君の奮闘に期待する……マーヴィン」
「背中は任せたよ〝ソングスミス〟」
「任された……ドルモン、エイジ! リーダーを頼んだぞ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………!
ウォールゲートは鳴動する。
新たなデジモンの登場に。
巨大なマシーン型デジモンが出現し、SoCのメンバーを守るように立った。
「あれ、まさかムゲンドラモン……!」
エイジは見覚えがあった。X国データサーバで失われたはずの国家機密級デジモン……!?
「いや、似ているが違う」
「ルガモン?」
「紅い……あれは――」
――カオスドラモン 究極体 マシーン型 ウィルス種
二足歩行の肉食恐竜をベースにしたマシーン型デジモンだ。
ムゲンドラモンのプログラムのバージョンをより自律的、破壊的にチューニングしたのがカオスドラモンだという。
デジタルワールドの超金属であるクロンデジゾイトを再精製、より硬度を上げた“レッドデジゾイド”を用いた血のごとき深紅のメタルボディは、あらゆる攻撃をはねかえし、あらゆる対象を破壊する。
必殺技は、両肩のキャノン砲から発射される超弩級エネルギー波――
――〝ハイパームゲンキャノン〟!
鮮血の暴君は、大型キャノン砲でウォールゲートの空を薙ぎ払った。
殲滅。
宇宙に、星が散るがごとく。ゲートキーパーの群体が数珠つなぎに爆発しながら消し飛んでいく。
「究極体カオスドラモン……! SoCが集めていた国家機密級デジモンって、こいつかよ! でも、だれがマインドリンクして……?」
「このカオスドラモンはBotだよ」
マーヴィンがチャットで言った。彼はエアドラモンでマインドリンクを維持したままだ。
「Botって……このカオスドラモン、マーヴィンが操作しているのか!?」
「ああ。このカオスドラモンは凶暴すぎてな。こいつとマインドリンクできる人間なんか……おおっと!」
カオスドラモンは咆哮する。
声を聞いただけで、まだゲートに残っていたスラムのデジモンたちは、捕食者に気づいた草食動物みたいに逃げだしてしまった。
ヤバいのだ、こいつは。
本来、敵も味方もない攻撃AIプログラムそのもの。マーヴィンでさえコントロールに苦労している。
「まぁ、ちょうどいい頃合いだろ」
逃げていくデジモンたちを見て、ルガモンがつぶやいた。
「9番街のデジモンたちは?」
「ヤバくなりそうなら、すぐ逃げるように言ってある。大丈夫……スラムのやつらは得にならないことはしねーから」
ルガモンは笑った。
「カオスドラモンはマシーン型……サイボーグ型と同様ツールとの相性がいい。おれがそばにいて、状況に応じてコマンドで指示しつづければ……」
マーヴィンのツール操作で、カオスドラモンは自身を敵の的としてさらしながら、ウォールゲートの中心部にむかって突進した。
無双。 レッドデジゾイドの暴竜は虚弱な敵を一方的になぶる。たった1体の究極体が、すっかり戦場の状況を変えてしまった。
「――タイムリミットは〝やつ〟がくるまでだ……タルタロス!」マーヴィンは、かつてとおなじ言葉をたむけた。「長くはもたんぞ」
「すまんなマーヴィン……エイジ!」
コースケは決意する。
「!」
「ユーリン……勝手だが、おまえたちの意識とデジコアは、私が預かった」
今回はお試しではないのだ。
最初で最後のチャンスになるだろう。
ウォールゲートをクラッキングするか。
〝やつ〟――〝深層〟の最上位ゲートキーパーの刃の錆となるか。
見えないカウントダウンが始まっていた。
仲間に背中を預けると、準備をおえたコースケは仮想モニタを展開、コマンドを実行する。
――〝ゲートクラック〟!
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo