被弾したカーゴドラモンが吐き散らした煙にまぎれて、ルガモンは岩陰から飛びだすと仲間のところに退避した。
「助かったよ、エアドラモン!」
「ありがとな、マーヴィンのおっさん」
エイジとルガモンはチャットで礼を返す。
仮想モニタに、エアドラモンのデジコアにいるマーヴィンが映った。
「おまえらな……デジ対機動中隊を相手に、びびってねぇのはさすがだが」
マーヴィンは感心しているのかあきれているのか、その両方か。
「サツキちゃん……あっちの指揮官だけど」
エイジは、ルガモンとエアドラモンとでデータを共有させた。
マーヴィンは敵の戦力を把握する。
「指揮しているのは、あの、おっきめサイズのメカノリモンか。おまえがヘコませた副班長だったな」
「サツキちゃん、今日はガチなんだ。おれの入隊試験のときとはぜんぜん違う」
「そのようだ。中隊規模のコマンドラモンを統率するとか人間技じゃねぇ」
〝ソングスミス〟は嘆息した。
「あんたよりすごいか……?」
「少なくともあの数を指揮しつづける集中力は、もうおれにはねぇな……てめぇら配置についたか!」
マーヴィンは幹部たちに声をとばした。
ここからでは姿が見えないが、仮想モニタの周辺模式図を確認すると、SoCの幹部デジモンも散開して配置についていた。
「――コマンドラモンには簡易迷彩機能がある。伏兵に気を付けろ……繰りかえす、おれたちの目的はデジ対機動中隊の阻止! リーダー・タルタロスへの妨害の阻止だ」
今回の作戦にあたって、エイジは象潟講介のセーフハウスで、オペレーション・タルタロスについてオンラインブリーフィングに参加した。
概要はこうだ。
フェイズ1――クラッカーとスラムのデジモンたちを扇動し、ウォールゲートを攻撃。
フェイズ2――デジ対の出動を待って、戦場を2方面に誘導する。
フェイズ1でのエイジの役割は、ウォールスラム9番街の住人を扇動することだった。
そしてフェイズ2。主戦場はリーダー・タルタロスとデジ対班長・徐月鈴の究極体による戦いになる。残りのSoCの幹部はデジ対機動中隊を抑止。この、ふたつの戦場だ。
象潟講介と徐月鈴――エイジがDDLで擦れ違った警視庁の女性とのあいだには〝因縁〟があるのだという。
象潟が動けば、かならず徐月鈴は動く。
それがなくてもウォールゲートへのクラッキングと〝深層〟へのアタックは、デジ対が阻止しなくてはならない最重要事項だ。
2体の獣竜型デジモンの戦いはウォールゲートの空を揺るがす。
「タルタロスのおっさんとドルモン……ドルゴラモンがデジ対のアタマをやる。そのあいだ、おれたちはデジ対とゲートキーパーを抑える。で、いいんだな」
「そうだ。あの〝三叉路の魔女〟とオウリュウモンが健在な限り、ウォールゲートをクラックするどころじゃない」
〝三叉路の魔女〟とは徐月鈴のハッカーだかクラッカー時代の通り名だという。
「じゃ、空は任せた。おれとルガモンは……」
エイジはコマンドラモン中隊にむきなおった。
「おれとエイジで敵の兵隊をたたく!」
「いくぞルガモン……進化だ!」
ルガモンは成熟期ルガルモンに進化する。
――〝フレイムブロウ〟!
魔炎をまとった狼は燃える赫い尾をひきながら斜行、切り替えして側面からコマンドラモンの隊列に体あたりで突っこんだ。
ルガルモンの一騎駆けを見て、マーヴィンは幹部たちに指示した。
「全員でカーゴドラモンをねらえ!」
SoCの幹部たちはエイジのサポートにまわる。さらにツールを起動すると、マーヴィンは複数のBotデジモンを放った。
小型のサイボーグ型デジモン、エスピモンだ。
成長期なので戦闘力は知れているが、こいつには飛行、光学迷彩機能がある。戦場での攪乱(かくらん)にむいていて、ツールにかかる負荷も軽い。
マーヴィンはエスピモンを上空に飛ばした。
そこにいたのは――ゲートキーパーの群体だ。
バババババババッ!
エスピモンがゲートキーパーを攻撃する。
〝異物〟を認識したゲートキーパーの群体は蛇のようにうねりながら転進、マーヴィンのエスピモンを追った。
Botエスピモンは背をむけて逃げる。1体、2体とゲートキーパーに食いつかれて破壊されながら、Botエスピモンが逃げた先は――デジ対機動中隊のいるところだ。
上空から急降下してきたゲートキーパーの群体を確認して、サツキは舌打ちした。
「やりやがったな〝ソングスミス〟……!」
ゲートキーパーを誘導したのだ。
マーヴィンのエアドラモンは後方で待機、SoCを指揮しているようだ。サツキがユーリンに代わってデジ対機動中隊を率いているのとおなじように。
「考えることはおなじか……射(て)ぇ!」
チュインッ――――
独特な音とともに、中隊長機メカノリモンの胴部リニアレンズから放たれたビームがゲートキーパーを薙(な)ぐ。
連動して、デジ対機動中隊の対空射撃がゲートキーパー群体を七面鳥撃ちにした。
だが、そのあいだ地上は手薄に。ルガルモンの突撃がとまらない。すでに右翼の隊列を切りくずして、さらに突入してくる。
「――とまるなよ、ルガルモン!」
エイジはパートナーを鼓舞する。
「とまるかよ!」
爪でコマンドラモンのボディアーマーをやぶり、タックルで蹴散らす。
「見えた、メカノリモンだ!」
「あれは小隊長クラスだな」
左翼にいる50体からのコマンドラモン小隊を、1体のメカノリモンが指揮している。
「届くか?」
「射程内だ」ルガルモンは大きく跳躍した。「〝ハウリングバーナー〟!」
放たれた収束熱線が小隊長メカノリモンを灼く。
小隊を任せたメカノリモンが被弾した。
「左翼、戦力低下……ちっ」
サツキは舌打ちした。
進化したナガスミ・エイジのルガルモンは、魔炎で左翼の小隊長機メカノリモンを燃やすと、そのまま隊列を突っ切って後方に抜けていった。
なんて突破力だ。
しかしコマンドラモンは任務に忠実だ。恐怖にかられて持ち場を放棄するようなことはない。
すぐに、立て直す。
「ナガスミ・エイジは危険だ」
サツキの指示はすばやい。
2体のデジモン――信頼できる部下を差しむけた。
「玉姫副班長!」
「いつでもいけます!」
指示を受けて、中隊長機の左右に控えていた2体のコマンドラモンが動く。
「ここで、つぶす! タチバナ、サクラダ……あのルガルモンをたたけ!」
敵陣を抜けたルガルモンは外輪山の斜面を登坂、いったん距離をとった。
敵左翼のコマンドラモンの統率はズタズタ、混乱していた。小隊長メカノリモンの胸から肩口にかけて、消えない魔炎が燃え続けている。
「やったか」
「いや、浅い」
行動停止には至らなかったが、それでもデジ対の左翼小隊からの攻撃が明らかに弱まった。
エイジはルガルモンの視座で戦場を見わたす。
まず目に入ったのはウォールゲート上空で戦う、圧倒的な2体の獣竜型デジモンだ。
究極体。
「ドルモンの究極体……! あれがクラッカー・タルタロスの本気か!」
もう1体は究極体オウリュウモン。デジ対班長・徐月鈴のデジモンで、情報どおりリュウダモンから進化した究極体だ。
「あのオウリュウモンをどうにかしないと、ウォールゲートのクラッキングどころじゃねぇってわけだが……」
「ゲートキーパー、クラッカーのデジモン、スラムのデジモン、デジ対機動中隊……ややこしいけど……とにかく、おれたちのやることはひとつだ! タルタロスとドルゴラモンを守ること!」
あの究極体同士の戦いをジャマさせないことだ。
――私とドルモンは勝つ。1体1ならユーリンに負けない根拠がある。
ブリーフィングの最後に、象潟はそう言っていた。
その根拠がなんなのかは教えてもらえなかったが、ブラフではないだろう。
扇動したクラッカーとスラムの住人の対応にゲートキーパーが追われているあいだに、勝負をつける。
「進化……か」
エイジはあらためて知った。
進化はデジモンのスペックを爆発的に上昇させるチカラだ。
これほど世間にクラッカー、ハッカーが大勢いても、究極体を使える者は少ない。ましてや究極体とマインドリンクできるSS級ともなれば。
「おれもあのレベルの世界を見たい。いいや……なるんだ。クラッカー・タルタロス……象潟さんのレベルに!」
その道筋が、いまは、おぼろげだがエイジにも見えはじめていた。
超一流とは……?
龍泉寺教授のようにデジモンを愛し、
象潟のようにデジモンを信頼し、
そして、しつづけるのだ。龍泉寺や象潟のような超一流、SS級の人間というのは。たとえ10年、20年であろうと。
胆力。責任。使命感。
なによりもデジタルワールドに人生をかけているからこそ。
目的――願いは人それぞれだろう。
クラッカーとして〝深層〟に挑むか、レオンのようにハッカーとして正義をうったえるか、徐月鈴のように警察として秩序を求めるか。
龍泉寺教授のように……デジタルワールドの知の巨人となるか。
エイジの目的は、
「いまは……ウォールゲートをクラック、そしてレオンとパルスモンを……!」
ガガガガガッ!
ふいに左右から銃撃が襲った。
「ッ!?」
ルガルモンは身を翻す。
敵は――
どこにもいない。いきなり見えない敵に撃たれた。
「〝ハウリングバーナー〟だ! ルガルモン!」
「どこに吐けって……」
「360度、ぜんぶ!」
「…………! そうか!」
エイジの言葉に応じると、ルガルモンはその場でジャンプ――くるっと体を1回転させながら炎を吐いた。
魔炎防壁。
消えない魔炎が壁となってルガルモンを囲った。
「デジ対のコマンドラモンシリーズには簡易迷彩機能がある……!」
エイジはマーヴィンの言葉を思いだす。
保護色をまとうカメレオンのように、コマンドラモンは体表のテクスチャの色素を変化させることで、輪郭をわかりにくくさせて背景に溶けこんでしまう。
「そこか!」
ルガルモンが反応する。
魔炎のわずかな乱れを感じとってルガルモンは突進。あたりの大気が魔炎にあぶられて、ゆらぎ、迷彩をまとった敵の姿がわずかに浮かびあがった。
ザッ!
ところが――
「ッ!?」
そいつは想像よりはるかにすばやくルガルモンのタックルをかわした。
2体いた。
コマンドラモンが簡易迷彩をといてルガルモンの前に姿を現す。
「成長期のコマンドラモン2体で、この〝九狼城の魔狼〟とやる気か……? ナメんな!」
ルガルモンは無造作に敵に襲いかかった。
ザッ! バキッ!
2体のコマンドラモンは、魔狼の爪をかわすと逆にライフルの銃床でなぐりかえしてきた。
「ぐっ!?」
アゴを打たれ、ルガルモンは面食らう。
格下の成長期ごときに……!
「ルガルモン! こいつらただのコマンドラモンじゃない!」
エイジは気づいた。
「なんだと……? あっ!」
仮想モニタのサーチ結果に――「ML」の注記。
「マインドリンカーだ!」
ふたりが気づくと同時に、2体のコマンドラモンはさらに――進化の輝きを放った。
現れたのは、より、たくましくなった2体のコマンドラモン。
二足歩行の肉食恐竜を思わせるフォルムはそのまま、装備ごと成熟期にふさわしいサイズに大型化する。
――ハイコマンドラモン 成熟期 サイボーグ型 ウィルス種
コマンドラモンと同様にボディアーマーを装備、フルフェイスのメタルヘルメットでさらに防御力を上げて、機動隊のシールドを構える。
マインドリンクした成熟期、ルガルモンと同格の相手が2体。
――〝ハウリングバーナー〟!
ルガルモンが口から収束熱線を放つ。
ハイコマンドラモンの1体が前衛になりシールドで魔炎を受けた。
「盾……!」
熱線が盾で防がれる。
そこで後衛のハイコマンドラモンが飛びだし、ダッシュで一気に間合いをつめる。
ビリビリッ!
痛恨の一撃。
ハイコマンドラモンが警棒で殴りつけた。
ガードしたルガルモンの腕を、はげしい衝撃が襲う。
火花が散るほどの――エイジの視界にチカチカしたノイズがはしった。
たまらず跳びのき、ルガルモンは距離をとった。
「ッ…………!? あの警棒……電気ショックか!?」
エイジは相手の武器をサーチした。
仮想モニタに分析結果が表示される。ハイコマンドラモンが握っているのは一種の電磁警棒(スタンロッド)だ。
「ビリッときた……くそっ、クラクラするぜ」
「…………! よけろルガルモン!」
エイジが叫ぶと同時に追撃が。
前衛のハイコマンドラモンが魔炎を防いだシールドを地面につきたてた。シールドには切り欠きがあって、そこに左手で構えた火器をはめこむと簡易銃架として固定する。
ライフルではない、回転式チャンバーを備えた多弾倉リボルバー・グレネードだ。
――〝DCDグレネード〟!
〝DCDボム〟の擲弾が連続射出される。
ドゥドゥドゥドゥッ!
よけても爆発の余波からは逃れようがない。榴弾の爆風と破片を喰らいながら、ルガルモンはとにかく退避――距離をとった。
マーヴィンたちからは分断されてしまった。
そのあいだにデジ対の左翼小隊は、サツキの指示で立て直される。
余裕をもたれては、上空で戦うデジ対の班長――徐月鈴を支援されかねない。
ドルゴラモンとオウリュウモンの戦いの行方が、このフェイズ2の戦場のすべてなのだ。
いま――
エイジとルガルモンの〝意思〟は、意識の呼吸とともにひとつとなって。
――トモダチを助ける。
説明はいらない。
初めてのトモダチだからだ。
まず〝意思〟があり。
そして、それがパートナーデジモンの意思でもあることを、すでにエイジは知った。
パートナーのデジコアに宿った〝意思〟をともにしたとき、おのずと進化の光は祝福する。
――デジタルワールドで、レオンとパルスモンを見つけてみせる……!
研ぎ澄ますのだ。ふたりの意識を――阻むものなどデジタルワールドにありはしない。
「ルガルモン!」
「進化だ、エイジ!」
やらなかった後悔は、意思をくじき人をおわらせる。
心をともにしたふたりは、もう可能性の道を誤ることはないのだから。
ウォールゲートは鳴動する。
この世界に――デジタルワールドに量子の揺らぎのごとく生じた可能性。
ひとつの、ふたりの進化の光が。
世界を変える、変えうるのだ。可能性の扉を開いて。
望んだのは勝つことではなかった。
勝つためのチカラでもなく、そのチカラでなにをなすのかという〝意思〟こそ。
トモダチを助ける――
どんなに単純なことであっても。
決めたのだ。
人生をかけると。想いをともにしたエイジとルガルモンは、もう道を誤ることはなかった。進化の光は強く彼らを導くだろう。
――いけ、エイジ。
声が聞こえた。
「タルタロス……象潟さん?」
チャットから呼びかけた声に、エイジは上空のドルゴラモンをあおいだ。
いま、まさに――
ドルゴラモンはオウリュウモンの苛烈な攻撃にさらされていた。
「こい、エイジ……ルガルモン! おまえたちの完全な姿に挑め! そのときこそ……おまえたちの〝物語〟も始まるんだ!」
それは激励だったのか――
究極体同士の死闘を繰り広げる象潟の言葉を、エイジは受けとめた。
意思あるところに進化あり。
チカラは、まっすぐにふたりを祝福するだろう。
「ルガルモン、進化――」
それは――
魔獣型ではあったが、フォルムは二足歩行の人型に近い。
狼面の、古き神を彷彿とさせる姿。
胸部と腕部、脚部と尾は黒いプロテクターでおおわれている。
手は5本指の人間のそれで、右手には槌――先端部が二股になったロングメイスが握られていた。
ボボボッ―― バババババババババババッ!
両肩にそなえられた円筒形のパーツが、うなりを上げた。
魔炎のエネルギーを最大効率で取りだす機関、発動炉(ジェネレーター)だ。
スリットから噴出するジェットの推力によって、デジモンはわずかに宙に浮いている。
業火に焼かれる骸骨となった、うつろな魔物のごとき姿だったヘルガルモンとは違う。
太陽の色の炎をまとい、魔狼の、完全なる姿へと――
「燃えるぜぇえええええええええええええええええええええええっ!」
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo