――見つけてみせる。このデジタルワールドで。
デジタルワールド、セキュリティウォール外殻、ウォールスラム中心部。
このとき全ネットワークの意識の中心は、ウォールゲートにあった。
武闘派クラックチームSoCによるGriMMでのメディア扇動によって、全世界のクラッカー、さらにはスラムのデジモンまでがウォールゲートを攻撃しはじめた。
クラッカーたちは〝祭り〟と。
スラムのデジモンたちは〝望郷〟あるいは、彼らをセキュリティの〝軛〟によってデジタルワールドから追放したシステムへの〝怒り〟によっても。
燃えあがった革命の熱狂はすぐに消えることはない。
ウォールゲートを守るゲートキーパーは群体となって防戦にあたる。
リアルワールドのデータで汚染されたデジモンはゲートを通過することはできない。
なぜ、と考えることはなかった。デジモンの本質はAIプログラムであり、システムが規定したとおりにコマンドを実行する。ゲートキーパーはその最たるものだ。
だが、もはや状況は――
ネットワークは、新たな段階へとすすもうとしていた。
リアルワールドとデジタルワールド、人類とデジモン、ふたつの意識の接触によって。
ウォールゲートを囲む外輪山の上に現れたデジモンの姿は、スラムのどこからでも確認できたはずだ。
――ドルゴラモン 究極体 獣竜型 データ種
獣竜型ではあったが、翼ある竜人といったほうがイメージしやすい。
均整のとれた銀灰色のボディ。尾の先端は鏃(やじり)のようにするどく、鋼のムチのごとく振るうことができる。翼は骨に皮膜がはられた西洋風ドラゴンのそれだが、骨の1本1本が刃となっていて、それ自体が武器――扇刃を連想させた。
ドルゴラモンは“デジコアの空想”が生みだしたデジモンだという。
ベースとなるドルモンは、デジコア内に伝説のドラゴンのデータを宿していた。
ドラゴンが登場する話は枚挙にいとまがない。ほとんどの場合ドラゴンとはケタはずれの――〝最強の存在〟として描かれる。強大な“破壊”の権化であり究極の“敵”として。
究極体ドルゴラモン。
マインドリンクによってデジコアと一体化したクラッカー・タルタロス――象潟講介は、さながら竜の心臓となって戦場を見おろした。
扇動にたきつけられたクラッカーたちが送りこんだBotデジモンによるゲート攻撃。
ウォールスラム住人の蜂起。
防戦するゲートキーパーの群体。
この膨大なトラフィックをともなった〝祭り〟に乗じて、彼ら――コースケと彼のパートナーデジモンは〝コト〟をなす。
舞台は整った。役者はそろった。
もう、この〝物語〟は――
デジタルワールドにおけるシナリオは、それを構想したコースケたちの手からもはなれた。そして、とどまることはない。
――〝黄鎧(おうがい)〟!
上空、ネットワークの海から黄金の奔流が襲いかかる。
古来、水神としてあがめられてきた東洋の〝龍〟神。
川は時として氾濫し水害を引き起こす。あらゆるものをのみこむ濁流と化して。
ザザザザザザッ――――ギィンッッ!
鈍い音を打ち鳴らし、ふたつの強力な存在が交錯した。
黄金の奔流は、その場で渦を巻くとカタチをなす。
――オウリュウモン 究極体 獣竜型 ワクチン種
警視庁デジ対班長・徐月鈴、そのパートナーであるリュウダモンが進化した、究極の姿だ。
オウリュウモンもまた“デジコアの空想”が生みだした架空のデジモンだ。
モチーフは東洋風の龍。ベースとなるリュウダモンのデジコアには、神話伝承における“龍”“武将”の猛々しい戦闘データが記憶されていた。そこからデジコアの創造した姿は威風堂々とした和鎧をまとった二刀流の“武者龍”だ。
「――いきなりだな、ユーリン」
悠然と。
オウリュウモンの斬撃の奔流を受けながした〝敵〟――ドルゴラモンに、デジ対の徐月鈴は息をのんだ。
「…………!」
自らのデジモンの刀の切っ先をあらためる。
左手の刀は〝鎧龍左大刃(がいりゅうさだいじん)〟
右手の刀は〝鎧龍右大刃(がいりゅううだいじん)〟
オウリュウモンの背部の翼もまた刃そのもので、銘は〝鎧馬大名刃(がいばだいめいじん)〟という。
〝黄鎧〟は二刀流プラス翼の刃、あわせて四刀の斬撃をたたきつける技だ。
大地を削り穴をうがつ威力。並の敵ならミキサーにかけられたように微塵(みじん)切りになっていたはず。
「〝黄鎧〟を受けて平然としているとか……手を抜いたわけじゃないわよね、オウリュウモン」
ユーリンは彼女のパートナーデジモンに語りかける。
進化を極めていくほど、デジモンはより研ぎ澄まされた存在となっていく。
超然のイメージ――大河の氾濫のごとき水神龍神を具現化したオウリュウモンに、手心を加えるなどというプログラムはないはず。
「デジ対11係班長、徐月鈴……いいや〝三叉路の魔女〟と呼ぼうか」
「女を昔の名前で呼ぶもんじゃないわ、伝説のタルタロスさん」
たがいにデジコアから牽制し、そなえる。
一瞬の油断、予断が命とりになるだろう。
「いきなり究極体で不意打ちとは」
「さそってきたのは、そちら」
「その姿……究極体オウリュウモン。こうして相まみえることになるとは」
「あなたもね、究極体ドルゴラモン」
かつては龍泉寺教授のもとで切磋琢磨した同士――
ただの仲間ではない。
子供のころのような、そのときだけの遊び友達ではないのだ。コースケとユーリンは、たがいの人生を共有し、未来を重ね、尊敬する師のもとでひとつのプロジェクトにあたった……同志だった。
たがいの人生を預けあった。そして、おなじように心をともにした存在を失った。
龍泉寺沙耶を。
「たがいに究極体。われわれの人生と議論の答えは、もう、この戦いのむこうにしかない」
コースケは告げた。かつての同志への礼儀として。
究極体は、いわば抜き身の刃。真剣をかまえて相まみえた以上、話しあいの余地はなかった。
「このバカ騒ぎのオトシマエは、どうつけるつもり?」
「バカ騒ぎ……? これから始まるのは人類史上に残る偉業――革命だ。そうだろうドルゴラモン」
「まったくデジタルワールドにいるのは頭のおかしなやつばかり」
「それには同意するよ」
ドルゴラモンが動く。
両手を体の前で組み……パワーを練る。
〝破壊〟の権化が放つのは、
――〝ドルディーン〟!
衝撃波。
空を引き裂く破壊エネルギーを、オウリュウモンは左右の刃で受ける。
その刀ごと〝ドルディーン〟が押しこんでいく。
ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!
衝撃波がはじかれて後方にそれた。
流れ弾を喰らって、背後にひろがったゲートキーパーの群体とクラッカーのデジモンたちが数十体単位で消し飛んだ。
衝撃波はさらにウォールゲートに激突、土煙を上げながら突き進むと〝門〟の外輪山にあたる岩壁に大穴をうがって、くずしさった。
デジ対副班長・玉姫紗月は、オウリュウモンとドルゴラモンの戦いをあおいだ。
2体の究極体の戦いは地形すら変えてしまった。
「班長……!」
いまの一撃だけでわかった。ドルゴラモンの破壊力、計り知れないスペックが。
本気のクラッカー・タルタロスと戦って5分と存在していられる者など、全世界のハッカーやクラッカーのなかで、片手の指ほどもいないのではないか……。
だからこそユーリンはドルゴラモンの〝抑え〟にまわった。
カーゴドラモン編隊が降下、ヘリボーンしたデジ対部隊は外輪山のカルデラ内で再編成された。
コマンドラモン分隊、それぞれの小隊の指揮官となるメカノリモン。
ひとまわり大型の中隊長機メカノリモンの操縦席には、サツキとマインドリンクしたヌメモンが――ぎゅうぎゅうづめになって搭乗し、隙間からナメクジの触覚の目玉だけを、ぴょこんと外に伸ばしていた。
「各小隊、配置につけ。攻撃目標はSoCの構成員どもだ。ほかには目をくれるな」
サツキは指示を出す。
デジ対の出動目的――SoCによるゲートクラックの阻止だ。
リーダー・タルタロスは〝深層〟を目指すと動画で予告した。
SoCはウォールゲートのクラッキングを試みようとしているのだ。
そんなことが可能かどうかは、この際、関係ない。なにをしでかすかわからないクラッカーという人種を阻止するのに理由はいらない。
「9時の方向、敵影!」
警察無線のチャットにカーゴドラモンからの報告が入る。
ゲートキーパーだ。さっきのドルゴラモンの衝撃波で分断された群体の一部がはぐれて、デジ対部隊のところにやってきたのだ。
「ちぃっ」
サツキの中隊長機メカノリモンは、振りかえるなり胴部リニアレンズから〝トゥインクルビーム〟を照射した。
一閃、ゲートキーパーが灼き落とされた。
サツキの射撃データは即座に部隊内で共有、ガトリング空中砲台となったカーゴドラモン、数では主力となるアサルトライフルを構えたコマンドラモンが強烈な対空射撃で迎え撃つ。
ガガガガガガガガガガガガッ…………!
銃煙の臭いがサツキの鼻をつく。
はぐれたゲートキーパーの群体は、たちまち空中で霧散、殲滅された。
「ゲートキーパーども、あたしらまで敵と認識するからな……めんどくさっ」
デジ対はウォールゲートを守ろうとしている。
デジタルワールドのシステムの味方でこそあれ敵ではないはずだが……残念ながらゲートキーパーとの意思疎通は現状不可能。連中はリアルワールドのデータで汚染されたデジモンを見境なしに攻撃するだけだ。
――でも! あたしも完全体になれば班長のチカラになれます!
今回の出動にあたって、サツキは前線での戦闘を志願した。
けれどもユーリンはサツキにこう厳命した。
――サツキ、あなたは中隊長としてメカノリモンに搭乗して。
もし、またサツキがマインドリンク持続時間を超過するようなことになれば……今回は取りかえしのつかないことになりかねないと。
――班長!
――敵は伝説のクラッカー・タルタロス……であれば私が出なくては。
ユーリンは戦闘に集中する。
そうなったとき現場を任せられるマインドリンカーは、サツキしかいない。その彼女がタイムアウトで離脱するようなことになれば、だれがデジ対機動中隊の指揮を執るのか。
すぐに再度のマインドリンクはできないのだ。ことに警察ではKライン、Lラインによってマインドリンクの運用がきびしく規定されている。違反すれば始末書、懲戒ものだ。
――サツキ、あなたは現場指揮官に徹しなさい。
相性のよい成熟期のヌメモンにとどまり、指揮とマインドリンクの持続を最優先する。
そしてSoCのデジタルテロ行為を阻止するのだ。
「――こちら〝シールズ1〟」
警察無線のチャットが入る。
あらかじめウォールスラムに潜入していた特殊部隊シールズドラモンの部下からだ。
「こちら玉姫……ターゲットはいたか?」
「現在も捜索中です」
シールズドラモンはSoCの幹部たちを捜していた。
「ハデに動いてる、あのタルタロスのドルゴラモンのほうが囮(オトリ)って可能性もある……SoCのやつら、どこかでなにかをしかけてくる。探索を継続して」
「了解、オーバー」
そのときだった。
サツキの――中隊長機メカノリモンの頭上に、なにかがドンッと落っこちてきた。
「どわっ!」
だれかが背後の崖から落ちてきたのだ。
メカノリモンを踏んづけたそいつらは、デジ対中隊のまん前に着地する。
デジモンと人間だ。
「なにやってんだ、エイジ!」
「仕方ないじゃん、すべっちゃったんだから……ん?」
狼デジモンとホロライズした青年を前に、サツキはいったん理解不能におちいったあと――じわじわと怒りが込みあげた。
「ナガスミ・エイジ……犬っころ……」
「え? なんで、おれの名前を?」
「だれが犬っころだコラァ……!」
ルガモンは歯をむいた。
「つか、その呼びかた……その声……」
「あれ、こいつらデジ対だぞ」
――POLICE
メカノリモンとコマンドラモンの装備には〝警察〟と書かれていた。
サツキは知りようもないが――
エイジとルガモンは地下鉄を降りたあと、ウォールスラムの〝山〟を駆けあがってきたところだ。
「ここで会ったが100年目……!」
「その口調、やっぱサツキちゃんじゃん!」
エイジは声を上げた。
「9番街でやりあったデジ対のねーちゃんか。だが、あの下品なナメクジ野郎はどこだ?」
ふたりはキョロキョロした。メカノリモンに乗っているヌメモンには気づかない。
「だれが下品だ……ナガスミ・エイジ! なに上から降ってわいて、あたしの頭ドツいてんだコノヤロー!」
「ん……? あ、そのメカノリモンのなかにいるのか!」
エイジは中隊長機メカノリモンから出ていた触覚の目玉に、ようやく気づいた。
「ナメクジのくせに〝殻つき〟か」
「また、そういうこというとサツキちゃん、おこっちゃうよルガモ~ン」
エイジとルガモンは、いつもの調子でじゃれあっている。
「…………」
「?」
サツキがだまってしまったので、エイジはとまどった。
「指揮官……あたしは現場指揮官……」
ブツブツと自分に言いきかせる。
「どしたのサツキちゃん……? 前とノリが違うけど……」
「だまれ犯罪者……だまれクラッカー!」
――〝ジャイロブレイク〟!
ギュルギュルギュル! ガガガンッ!
コークスクリューパンチ――メカノリモンの腕が回転しながら伸びて地面をえぐる。
ルガモンは小さくジャンプしてかわす。
「痛っ!」
はじけ飛んだ岩のかたまりがエイジのアゴを直撃した。
「現場をナメてんじゃねーぞ……! ここは戦場だ!」
ジャキンッ!
中隊長機メカノリモンがロックオンすると、データを共有したコマンドラモンのライフルの銃口がいっせいにエイジにむけられた。
デジタルワールドで人間がホロライズするのは、データとして実体化するのと同義だ。
弾にあたれば……痛い。死ぬ。
「ひぃ!」
「エイジ! ホロライズを切れ!」
ルガモンが叫ぶより先に、エイジはホロライズを切ってパートナーのデジコアに戻った。
「い……いきなりだなサツキちゃん! 今日はなんの容疑だよ!」
ルガモンのデジコアに戻れば、エイジは直接ダメージを受けることはない。
ただしパートナーデジモンが傷つけば、その痛みのイメージはデジコアと一体化した意識が共有する。デジコアそのものが損傷するほどの致命傷を受ければ、マインドリンクした人間の精神データもただではすまない。
「容疑……? これはパトロールでも捜査でもない……出動だ。デジタル破壊活動防止法にもとづき、クラックチームSoCにデジ対機動中隊の総戦力であたる」
「!?」
「制圧する! SoCの幹部どもは有無をいわさず……こうだ!」
ガガガガガガッ!
ライフルの銃弾は死の密度で。
〝M16アサシン〟が火を噴く。攻撃を察知したルガモンは、コマンドラモンがトリガーを引くよりも先に岩陰に伏せた。
「ルガモン!」
「あのテンパリねーちゃん、前と違うな。100体以上のコマンドラモンと情報共有して指揮してやがる……!」
以前に9番街でやりあったとき、サツキはせいぜい10数体――分隊規模のコマンドラモンを率いていただけだった。
「いまは中隊長クラス……電子戦指揮官ってわけか」
エイジはサツキに対する態度をあらためるしかない。
あたりまえだ。警視庁きってのエリート組織、デジ対の副班長なのだ。
「ヌメモンだけならウンコ臭いだけなんだけどな」
「またそういうことを……っは!」
ババババババッ!
轟音もろとも爆風が上からたたきつけた。
「カーゴドラモン……! こいつがいたんだった!」
ティルトローター機をベースにした乗り物タイプのデジモンが、編隊で、上空からルガモンを包囲した。
機体に懸架されたガトリングガンがこちらをねらう。あの火線をあびれば、たちまち消し炭だ。かといって岩場から出れば、こんどはコマンドラモンの標的になる。
メカノリモンに搭乗、すべての情報を仮想モニタで共有するサツキは、カーゴドラモンの視点で上空からルガモンの位置を捕捉した。
サツキの指示で、前列のコマンドラモンが武装をDCDボムに持ち替えた。岩越しでもねらえる投擲爆弾だ。
と、そこに無線が。
「――こちらシールズ1、ターゲット発見しました!」
「座標を送って」
「それが……!」
シールズドラモンの部下は言いよどむ。
「なに?」
「もう……すぐそこです! 敵がそちらにむかっています!」
ドォッン――――!
爆発。
カーゴドラモンが側面に直撃を受けて挙動を乱した。
煙をひきながら1機のティルトローターが離脱していく。ほかのカーゴドラモンは退避しつつ散開した。
「――なに勝手におっぱじめてんだ、エイジ」
幹部チャットに声。現れたのはエアドラモンのマーヴィンだ。
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo