DIGIMON 25th PROJECT DIGIMONSEEKERS

-NOVEL-

CHAPTER4
Sons of Chaos:Seekers

Chap.4-12

 ドルゴラモンに劇的な変化が生じた。

 フェンリルガモンの魔炎の刃と、カヅチモンの対の刀が空を切った。
 龍泉寺が〝原初のデジモン〟から大量のデータをダウンロードした結果、肥大化した銀灰色の暴竜はドロリとカタチを失って、うごめく溶液のカタマリと化していく。
「これ……! おれたちが暴走……ヘルガルモンになったときとおなじ? いや
 まるでデジタルの仮想バイオプラント。
 エイジが連想したのは、試験管のなかで行われる遺伝子組み替え、ゲノム編集による生物実験……。
 大量のデータがカタマリに溶けこんでいく。
 ドルゴラモンだったものの全身はノイズにおおわれていき再構成、ついには似て非なる別種のデジモンに進化を果たしたのだ。
〝ソレ〟は凶風をまとって、

 究極体デクスドルゴラモン!

デクスドルゴラモン

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 龍泉寺の〝虚像〟は、その忌み名をたたえる。

 デクスドルゴラモンはいかなるリアルワールドの生物にも似てはいない。
 強いていえば絵画の題材など、より概念的な〝テーマ〟にその根源(ソース)を求めるしかない。
 異形の、死の天使だ。あれが死神の鎌をかついでいても違和感はないはずだ。

「ドルゴラモンをベースに、〝原初のデジモン〟から進化データを参照することで強制デクスリューションデクスドルゴラモンとなりました。こいつは別名を〝デジコアプレデター〟」
「デクスリューション……プレデター……!?」
 エイジが連想したのは、野生動物でいうならオオカミ、ライオン、シャチなど生態系における頂点捕食者。
 喰うか喰われるかでいえば、圧倒的に喰うほうだ。
「〝電脳核捕食者”……ほかのデジモンを喰うデジモン……!?」

 ヴォォォォォォンッッッッ…………

 レオンの言葉を打ち消して、デクスドルゴラモンの10枚翼が波打ちながら羽ばたいた。
 ぬるい風が吹きつけてジトリとまとわりつく。

 そのときエイジが思いだしたのは、なぜか……飼っていた犬が亡くなるときの記憶だった。
 癌だった。エイジとおなじくらいの年の老犬で、寿命ではあった。最期はずっと苦しそうで、なにも食べられずうずくまっていた。亡くなったとき、父と、とくに犬をかわいがっていた母が、そんなふうに大泣きしたことのほうがエイジにはショックだった。
 はっきりと……。
 覚えていたのだ。デクスドルゴラモンが起こした風は死にかけた犬とおなじ、内側から腐っていくものの臭いがしたから。

「じつに興味深い……! このデクスドルゴラモンの特筆するべきポイントがわかりますか、エイジくん」
 龍泉寺はこの場で講義を始めた。
 エイジが返事に困っていると、仮想モニタにデクスドルゴラモンのデータ諸元が表示された。
 ほとんどの項目が不明のままだったが、サーモグラフィ風の、情報の熱量を感知するセンサーに特異な反応があった。
「これは……デジコア? デジコアがいくつもある!」
 エイジは見たままを口にした。
「そうです! やはりエイジくんは目の付けどころがいい。1体のデジモンにデジコアが複数あるということは……どういうことでしょうか、レオンくん」
「そのデクスドルゴラモンは……」レオンは答えた。「クラッカー・タルタロスのパートナーであるドルゴラモンであって、もうドルゴラモンではない……!」

 エイジとレオンは気づいていなかったが、このときマインドリンクしているコースケは失神していた。ドルゴラモンドルモンのデジコアに重大なエラーが生じていたのだ。

「ドルモンになにをした……!」
 エイジは龍泉寺に問いただす。
「ドルモンのデジコアには、ちゃんと保護をかけています。大部分を機能停止して、旧式インターフェースとしての機能を残しているのみですが」
「!」
「器として用いるだけなら、デジモンのパーソナリティなど不要ですからねぇ。むしろセキュリティ上の障害になります。ジャマでしかない」
 ドルモン個体のセキュリティを無効化したあと、〝原初のデジモン〟から複数のデータを分割ダウンロード、ドルゴラモンというひとつの器にまとめて移した。
 デジモン1体にデジコアは1つ、それが常識だ。
 ところが目の前の〝怪物〟は……デクスドルゴラモンの脊柱の左右の位置、翼の付け根あたりに並んだいくつものデジコアが、それぞれが第2の〝電脳(コア)〟となって機能している。
デクスリューションとは、ほかのデジモンのデジコアを取りこんで活動を続けるアンデッド型への進化……いわば〝ゾンビデジモン〟なのです!」
「ゾンビ……!」
 映画やゲームで大人気の不死モンスターだ。
 人間を襲って喰い、喰われた人間は死んで、ゾンビウイルスに感染して新たなゾンビになる。そうしてネズミ算式に増えて最後は人類を滅ぼす。
 そうしたゾンビ自体はフィクションのジャンルだが、自然界ではゾンビと似たような現象が観測されていた。
 宿主を生かしながら喰らって育ち、最後は喰い殺して、それでもなお死体を操り続ける寄生虫や菌類などがいる。

 そもそもデクスドルゴラモンとは、あれはデジモンなのか……!?

「まさに……! これは膨大なデジコアの情報を喰らい蓄積した……器だ。外装甲によってかろうじてカタチをなしていますが、こんなものは喰らったデジコアをとどめるための拘束具でしかない」
 いくつもの亡霊を閉じこめた〝動く鎧(リビングアーマ-)〟だ。
 喰らったデジコアのデータをすべて鎧に封じこめることで、単体のデジモンのように存在しているにすぎない。姿がヒトガタに近いのは、龍泉寺が体感的に操作しやすくするため……たぶん、それだけだ。

「デクスリューションとは死にむかう進化」
 龍泉寺に操られて、デクスドルゴラモンは音もなく舞いあがった。
「死にむかう……!?」
「このデクスドルゴラモンこそ進化を具象化した……〝原初のデジモン〟に、最も近い存在のはずです!」
 3分の1のデコードのみで、龍泉寺はデジタル生命体と進化の根源にせまっていく。

〝原初のデジモン〟
 すべての情報を取りこみながら進化した末に、たどりつくところは。
 デクスリューションこれが〝原初のデジモン〟であり、生命の始まりの姿を模しているのだとすれば。
 それは永遠に続く死のありさまだと……!

 〝メタルインパルス〟!

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 魔狼は身を横たえ。
 雷神は膝を屈した。

 魔炎さえ破壊する絶無の一撃に、フェンリルガモンとカヅチモンはなすすべなく倒された。

 龍泉寺は嗤(わら)う。

「わが人生の最後に……そして永遠の始まりに在る玉座こそ、このデクスドルゴラモンです……! 私の最高傑作だ……!」

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 ソレは〝死〟にむかうイメージ。

 デクスドルゴラモンの攻撃がフェンリルガモンを直撃、エイジの意識はデジコアにいながらにして見せつけられた。
 悪夢か、現実か。
 いずれにしても数秒後の敗北と喪失のヴィジョンを。
「〝原初のデジモン〟……! 3分の1のデコードだけで、この反則技かよ……!」
 なんというチカラか。
 本来、フェンリルガモンは魔炎の防壁に守られている。殴りかかる者には逆に魔炎が燃え移る。
 しかし、あのデクスドルゴラモンの攻撃は魔炎さえ消滅させた。
 完全体以下のデジモンであれば一撃で塵と化していたかもしれない。どこよりも安全な究極体のデジコアにいながら、エイジの喉もとには死神の鎌が引っかけられていた。
「デクスドルゴラモン……! あれがアンデッド型デジモン……!」
 レオンもまた同様カヅチモンがまとった稲妻さえ、やつは消した。
「やっぱ、してたんじゃん……ゾンビウイルスの研究!」
 エイジは苦笑してみせた。DDLを始めて訪れたときのことを思いだしたのだ。
「もし、あいつがデコード率100%になったら……!」
「あの〝原初のデジモン〟のチカラが、だれかひとりのものになったら……デジタルワールドだけじゃない、リアルワールドだってやばいだろ」
「先生の……龍泉寺の意のままだろうね」
 他人をかえりみない好奇心の悪魔は、いくつの命を喰らおうというのだ。

 デクスドルゴラモン。
 さしずめ死者の国で血をすすり、世界の終わりに翼に死者を乗せて飛ぶという黒きヘビ。
 生命の〝なれの果て〟だ。

じつのところ、私はいま、なにもしていません」
 龍泉寺は、さらに絶望の言葉を投げかける。
「なっ……!」
「!?」
 エイジたちは耳を疑った。
 龍泉寺の〝虚像〟は両手をフリーハンドにして、小さく上げてみせる。
「なにもコマンドしていない。デクスドルゴラモンはデジコアプレデターとしての自律プログラムにしたがって動作しているだけです。完全自動運転の車に乗っているようなものだ。快適、快適……さて、エイジくん」
「ッ!」
「あとはワクチン種のリュウダモン、そしてウィルス種のプロトタイプデジモンであるルガモンのデジコアを喰らってしまえば、それでコンプリートです」
 デクスドルゴラモン自体が、3相克のデジコアを備えた万能のプロトタイプデジモンとして機能するはずだ。
残り2/3のデコードも完了します! いやぁ、長かった。最後くらいはトントン拍子でいきましょうか」

 〝ドルディーン〟!

 ドルゴラモンとおなじ技。
 しかし性質はまったく違う。ドルゴラモンの技は衝撃波だったが、デクスドルゴラモンのそれは

 音もなく。

 ストーンサークルの一部がぽっかりと、空間ごと消失した。
 はげしい戦いでも壊れることがなかった〝原初の領域〟そのものさえ、デクスドルゴラモンは消したのだ。
 エイジは心のなかで悲鳴を上げた。
「…………! 激ヤバじゃん!」
「消滅波だと……こんな……!」
 レオンも声をうしないかける。
 究極体のなかでも反応力にすぐれたフェンリルガモン、神速のカヅチモンであればこそ、さけられた。
 だが、いつまでもかわせるものではない。この攻撃はガード不能だ。
「エイジ……きみは逃げろ」
「!? なに言いだすんだ、レオン!」
 エイジはどなりかえした。
 また……また自分を犠牲にするつもりか。
「現状をまとめよう。エイジ、フェンリルガモン……きみたちがデクスドルゴラモンに喰われたら、おわりだ」
 聡明なレオン・アレクサンダーは最悪の展開を分析する。

 3体のプロトタイプデジモンすべてがデクスドルゴラモンに喰われれば、3相克のデコードはコンプリート、龍泉寺は〝原初のデジモン〟のチカラを100%ものにする。
 リュウダモンデジ対の班長のデジモンは拘束されたままだ。現状、戦闘力はない。

「逃げろって言ってるわりには声が震えてるぞ、レオン」
 エイジは、あえて、からかうみたいに言った。
 レオンは苦笑いを返す。
「怖いさ、あのデクスドルゴラモンが。いいや龍泉寺教授が……」
「レオン……」
 彼にとっては小学生時代から尊敬してきた恩師でありカリスマだ。尊敬すればするほど心の根底には、その、裏がえしである恐れがすみついている。
 レオンが龍泉寺に反抗するためには、きっとエイジの何倍も勇気が理由が必要なのだ。
 レオン・アレクサンダーとして、デジタルワールドではハッカー・ジャッジとして。
「だからねエイジ……きみを守るためなら戦えると思った。ぼくを捜してくれた、見つけてくれたきみのためなら」
「ふん! お断わりだね!」
 エイジは答えた。フェンリルガモンは全身の毛を逆立てる。
「え」
「ゲロ吐いて布団かぶって泣きわめく……おれだって二度と、あんな思いはごめんだ!」
 まったく思いだしたくもない。
 エイジは、あのときほど死にたいと思ったことも、あのときほど生きたいと思ったこともなかったから。
「ぼくのせいで泣いちゃったんだ……。でも、賢明な判断ではないと思うけどな」
「うるせーな……! フェンリルガモンも言ってんだよ! おれたちはダチを見つけるために戦ってきたんだ! 見捨てるためじゃねー!」
「ダチ……友達?」
「ああ、ちょっとくらい損してもだよ!」

 ォオオオオオオオオオオンッ…………

 ハウリング。  魔狼の遠吠えが〝原初の領域〟にひびきわたる。
 10枚翼の死の天使は、獲物が巣にかかったのを感じたクモみたいに無言で反応した。
「エイジ……また、きみと友達になれるかな」
「損してもいいならな」

 ふたりが戦うのは、あの龍泉寺智則だ。

「ぼくはね……龍泉寺教授には勝てない」
「おい? レオン!」
 エイジは、いまになって、それはないだろうという感じでカヅチモンを見た。
「ぼくにとって先生は人生のすべてだったから。でも……エイジといっしょなら勇気を持てるかもしれない。カヅチモン……パルスモンもルガモンといっしょならって……」
「おまえも損な性格だな、レオン」
「ぼくは正義のハッカーだからね」
 生命をもてあそぶ者は許さない。
「おれも不自由なクラッカーだし」
「ハッカーとクラッカー……立場は違っても、ぼくは、きみを信じる。きみとルガモンの絆を信じるんだ」

 カヅチモンがフェンリルガモンのひたいに触れた。
 シグナル。
 刹那に、数万、数十万行の声なき言葉がインターフェースを行き交う。

「このデジタルワールドで、こいつと生きていくと決めたから」
 エイジはレオンの気持ちを受信する。
「見つけたんだね」
「ああ……見つけたんだ、おれたち……!」
 ここにいて、できることがある。
 クラッカーにとって、自分ができることがあるそれがすべてだ。
 それが、だれかとのつながりのすべてだ。デジタルワールドで生きるということ。
「エイジ……ぼくとカヅチモンのチカラを、きみたちに託すよ。強い……真のクラッカーになったきみに」

 雷神は稲妻の刃となって。

 〝〝ジョグレス〟〟!!

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 すべての意思と、想い、戦いは閃光の速さで。

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〝建御雷神〟
 パルスモンのデジコアに記憶されていた神話の雷神だ。力士の元祖であり、同時に剣の神でもあった。

 佩刀(はいとう)〝タケミカヅチ〟

 剣化。
 もとより研ぎ澄まされた存在である究極体には、終(つい)には、自らを刃とし武器と化すものがいる。

 託すよ。

 友の刃とともに。
 雷神が身に帯びた大刀そのものとなったカヅチモンは、神殺しの魔狼をつなぐ〝グレイプニルの紐〟によってフェンリルガモンと結ばれた。

 フェンリルガモン:建御雷神

フェンリルガモン:建御雷神

 ハッカーであるレオン・アレクサンダーの矜持たる正義の刃。
 デジタルワールドの命をもてあそぶ〝怪物〟を断つモノだ。

「そこまで私が憎いですか……? レオンくん」
 手塩にかけた教え子からあびた批判の言葉が、剣となって龍泉寺にむけられた。

 あなたを超えなくては、ぼくは胸を張って生きていけない。

 それはエイジもまた、
「あんた、やりすぎたんだよ龍泉寺教授……!」

 フェンリルガモンは雷を帯びた〝タケミカヅチ〟をくわえ、対した。
 龍泉寺が〝原初の領域〟の王となり〝原初のデジモン〟とマインドリンクを果たせば、その〝欲〟を、もう、だれもとめられない。
あんたがすべて喰らうつもりでも……喰われてたまるか! 生き抜くしかねーんだよ、こっちは!」

 すべての戦いは蒼白き魔炎のほとばしるまま。

(やべーな……!)
 エイジの眼前で、仮想モニタは、マインドリンク持続時間の警告をひっきりなしに吐きだしつづけていた。

 乾坤一擲。
 クラッカーとハッカーは、この炎と雷の一撃に、いまのすべてをかける。

 デジタルワールドで生きる者たちは、死を喰らい死にむかう〝怪物〟に挑み続ける。
 死にゆく凶風をまとったデジコアプレデターは、プログラムされるがまま、むかってきた魔狼を、貪欲な歓喜とともに全身で受け止めた。
「ぉおおおおおおおっ! 喰らってあげますよ! みなさんの才能も、努力も、夢も、未来も……人生ごと!」
 ささげさせるのだ。
 デクスドルゴラモンの10枚翼が巨大な顎門となって口を開いた。
つぶしてあげますから!」
「うゼぇ」
 つながる想いは光よりも速く。

 〝終極戦刃建御雷神〟ッッッ!

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 究極の〝軛〟をまたぐものは、デジタルワールドで命を契った、たがいに結ばれた意思。
 おわらせはしない。
 研ぎ澄まされた刃は物語を始めるのだ。

〈了〉

キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo

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