インターフェースはデジコアの創造力を解き放つ。
ふたたび四肢でフロアを踏む。究極の、あるべき魔狼の姿へと――〝グレイプニルの紐〟を首にまいて。
――これが地獄の炎だ。
帯びた魔炎の色は蒼白。華氏数万ケルビンにも達する炎は、銀河で最も表面温度の高い恒星にも匹敵する。
超々高温の魔炎。
静謐に、さながらひとつの星となりエネルギーを循環させながら、完全にコントロールされて渦をなす。
「きたぜ龍泉寺教授……あんたとおなじ超一流の世界だ」
エイジは――究極体フェンリルガモンは、ドルゴラモンと並び立った。
意をともにし、たがいに盟友となったとき、エイジとルガモンはついに究極体へと進化した。
それは神話の魔狼。
最終戦争において主神を喰らうと予言された、地獄のごとき狼だ。殺すことはできず、神々は〝グレイプニル(貪り食うもの)〟と名づけられたドワーフの魔法の紐で、ひととき捕縛するのが精一杯だったという。
「涓滴(けんてき)岩を穿つ……ですか」
龍泉寺は感嘆した。
「――賞賛の言葉しかありません、エイジくん、ルガモン……フェンリルガモン。究極体に至る道はそれぞれとはいえ、まさかレオンくんとパルスモンを救出したい、その一念のみでとは……! いいですねぇ若いというのは。そんなにも友達が大切ですか?」
「あんたは違うのか……?」
エイジは……そして龍泉寺に挑む。
「歳をとってからの人間関係というのは、自分にとって有害な相手から、いかに距離をおけるかです。有用な他人と付きあい、不要な友人を切り捨てられるか」
「なるほどね……!」
「わかりますか? ほんとうに」
「わかるさ。だからおれは、あんたを切り捨てた……龍泉寺」
エイジの言葉に、龍泉寺は、ふむ、と間をおいた。
「なるほど一本とられました。究極体……インセンティブをはずみますよ。桁違いで」
「ケタ……」
――おいエイジ! 金につられんな!
フェンリルガモンがどなりつけてきた気がした。
究極体は研ぎ澄まされた存在だ。以心伝心というが、言葉にしなくともパートナーデジモンの想いはデジコアにいるエイジに伝わる。
「つられてねーから……! 追加報酬とかいらねーよ!」
首を振ると、エイジは仮想モニタをチェックした。
カウントダウンがすすむタイマー時計、マインドリンク持続時間は……。
「初っぱなから……全力だ!」
跳ぶ。
風を駆ける。
デジタルワールドの神域に達したフェンリルガモンは、それまでの世界の死と、新たな世界の誕生を預言する獣の咆哮を。
唄う。 星の爆発は美しく。
――〝ラグナロクハウリング〟!
ユーリンは、進化を果たしたエイジとフェンリルガモンの戦いを目にした。
ストーンサークルの構造物の内部。
石柱と石材の陰に隠れていれば流れ弾を防ぐことはできそうだ。もっとも構造は隙間だらけで、外よりはまし、というだけで安全というわけではない。
1体のティラノモンが、彼女とリュウダモンを抱えて3相克の祭壇からここまで逃げてきた。
もう1体のティラノモンが黒いアグモンとパルスモンをそっと床に下す。
ナガスミ・エイジのサブ機のデジモンだ。ドルゴラモンとの戦いのなかで、彼はユーリンたちの安全まで考えていた。
そこに、もう1体のティラノモンが遅れて現れる。
ケガをしていた。肩口を撃たれている。
「コースケ……」
傷ついたティラノモンは、コースケを連れていた。
フロアに下りたコースケは、ポンっとティラノモンに触れたあと、ふらつく足どりでユーリンの前をとおりすぎる。
まっすぐ黒いアグモンのところへ。
「すまんな」コースケは覇気のない声でユーリンに謝罪した。「見てのとおりだ。触れてはならなかったのは〝原初の領域〟ではなく龍泉寺教授だった」
「それは……」
コースケの手には注射器のデータが握られていた。
「すべておわらせよう、サヤ……せめて、おれの手で」
コースケはトニックの針を黒いアグモンにむけた。
黒いアグモンは、まるい瞳をむけてコースケを見かえす。
「ドルゴラモンの……ドルモンの声が、もう聞こえないんだ。先生……龍泉寺に大切なものはぜんぶ奪われた。いや……それでも、サヤさえ戻ってくるならよかったんだがな」
人生の敗北者には、希望のひとつも残されない。
「私を見なさい、コースケ」
ユーリンは言った。
「――そして彼を……あのフェンリルガモンを」
ストーンサークルのむこうで、ドルゴラモンと戦いを繰り広げる蒼白き魔狼の姿があった。
蒼白き魔炎が爆ぜた。
直視すれば目を灼かれるほどの閃光。華氏数万ケルビンのプラズマが同心円状に広がり、一瞬であたりをなぎ払った。
バウッ!
魔炎の円環にドルゴラモンが接した瞬間、衝撃波が生じる。
あの破壊の暴竜が絶えきれず、体ごと持っていかれてフロアにたたきつけられた。投げ捨てられた人形のようにフロアをはずみながら数十メートルも転がされる。
追撃。
空中ダッシュ――フェンリルガモンは四肢に魔炎の刃を備えると、敵に追いつき、擦れ違いざまに敵を斬り裂いた。
――〝ヨトゥンヘイムゲイル〟!
「クラッカー・エイジ……フェンリルガモン……」
「彼は、ついに究極体に」
おなじSS級、究極体のマインドリンカーであれば。
デジ対とクラッカー――埋めようのない立場の違いはあっても、究極体に至った者は一定の敬意に値する。
その、心の覚悟がわかるからだ。
「デジタルワールドで勝ち組になる……彼の、エイジの夢だと」
コースケがつぶやいた。
「リアルワールドでは負け組というわけね」
自宅は3畳ワンルーム、両親とは死別、その日暮らしの非正規労働者。
「それでもエイジはいま、ハッカー・ジャッジ……レオン・アレクサンダーのために戦っている」
「DMIAになった友人を捜すために」
「エイジは……やるべきことをやってきた。逃げなかった。それができるやつだ。ちょっとくらい損してもだ」
「損をしても……失うものがないからでしょう。だから彼は先生とも戦えるのね」
ハッカーであれクラッカーであれ、龍泉寺智則に反抗する意味、その恐ろしさを。
「それもある。あるだろうが……その若さをふくめてクラッカー・エイジのチカラだ。エイジはデジタルワールドに人生をかけた……勝つために生きる覚悟をした」
デジタルワールドは人生を変える。
だからデジタルワールドで人生を変えると。パートナーデジモンとともに。
「――デジタルワールドで生きる、クラッカーとして生きていく覚悟をしたときから……エイジはとっくにSS級――完全体どころじゃない、究極体への道を開いたんだ。あとは、きっかけだけだ」
ハッカー・タルタロスや〝三叉路の魔女〟がそうだったように。
期待はあった。
エイジは勝つ資格を得た。
そして――象潟の人生の〝物語〟に最悪の結末がもたらされたいま、彼には……彼が愛し、愛しつづけたサヤのために、命の安らぎのためにも、できることがたったひとつだけ残されていた。
「あなたも、そういう人だったはずね」
ユーリンはコースケに寄り添った。
人生をすべてくれてやっても。たったひとりの女性のために、悩み、迷い、その想いと歩みを貫き通した。
「そうかな……そうだったかもしれないな」
「あの人の教え子として」
――私たちも、いま、できることを。
「…………。ありがとう」
嘆息すると、コースケはトニックのするどい針をむけた。
ストーンサークルから発生したはげしい光の明滅に、戦いを繰り広げていたフェンリルガモンとドルゴラモンは目を奪われた。
光柱(ピラー)。
「なんですか、あの光は……?」
ドルゴラモンの視座で龍泉寺がいぶかしむ。
彼の興味をひくほど、その明滅する光には――存在感、無視できない〝意味〟が感じられたのだ。
エイジはストーンサークルの中心部を振りかえる。
――エイジ。
心の声が聞こえた。
フェンリルガモンの意思は伝える。
――ダチだ!
この明滅、光のパルスは――
「あ……! 象潟さん、トニックを使ったのか!」
先ほどまで3相克の祭壇あたりにいたコースケとティラノモンの姿がない。
そして、象潟がトニックを使ったのは黒いアグモンではなかった。
――パルスモン。
「パルスモン……レオン!」エイジは呼びかける。「かえってこい!」
DDL、D4区画。
医療機器のモニタにパルスが走る。
ベッドで眠るレオン・アレクサンダーの腕に巻かれたデジモンリンカーが明滅、反応をしめした。
ドクン、ドクン――
心音が〝原初の領域〟にひびく。
〝電光石火〟
ストーンサークルの構造物から、ジグザグの軌跡を描いた光が飛びだした。
「パルスモン!」
エイジは歓喜の声を上げた。
コースケはDMIA治療薬トニックを、黒いアグモンではなくパルスモンに打ったのだ。
――〝〝見違えたよ〟〟
パルスモンはフェンリルガモンの鼻先に浮かんだ。
「レオン……おまえ声が……」
声がダブっていた。レオンとパルスモンの声が重なって聞こえる。
――〝〝きみなんだねルガモン……エイジ〟〟
DMIA治療薬トニックは、試験用デジモンとパーソナルAIを用いたシミュレーション治験では有意な結果を得ていたが。
「デジコアと癒着したレオンくんの精神データが、トニックによって意識――自我を取りもどしつつある。パルスモンから分離している最中か……すばらしい」
龍泉寺は戦いそっちのけでパルスモンを観察しはじめた。
デジタルワールドで、DMIA患者のデジモンに実際にトニックを投与することは、龍泉寺にとって得がたい貴重なデータだ。
「えっと……レオンなの、パルスモンなの……?」
「両方だよエイジ……うまく言えないけど」
マインドリンクしているレオン自身にも判断のつかない状態だという。それでも意思の疎通はできた。
「レオンくん」
銀灰色の暴竜からの声が語りかける。
龍泉寺は自分の存在をアピールした。
「――私だ、龍泉寺だ」
「先生……なぜドルゴラモンに?」
レオンとパルスモンの声が問いかえした。
「事情があってね……SoCと直接、戦争をしている。SoCの幹部であるエイジくんと戦っているんだ」
ウソはついていないが、いろいろ説明をすっとばしている。
「エイジと……」
「ところでレオンくん、きみのマインドリンク持続時間は?」
「ツールの数値上は、まだ時間があるようですが」
「それは結構……! ここはウォールゲートのむこう側、デジタルワールド〝深層〟の、そのまた〝原初の領域〟です。いや、細かい話はあとにしましょう。この領域をクラッカーに奪われるわけにはいかない」
「レオン! ヤバいのは龍泉寺教授だ!」
エイジは叫んだ。
パルスモンはちょっと考える仕草をする。
そして、パチンと指をならすと全身で火花をスパークさせた。
進化――
成熟期、完全体、そして、
――究極体カヅチモン!
復活したパルスモンは神話の雷神をモチーフとする究極体へと進化した。
「どういうこと……? レオン・アレクサンダーはDMIAだった……マインドリンクは、とうにタイムオーバーのはず」
ユーリンは理解が追い付かない。
「DMIA治療薬トニックは、もともとマインドリンク時間を延長するために研究されていたものだ。副作用が心配だったが……」
コースケが言った。
結果的に、トニックによってレオン・アレクサンダーのマインドリンク持続時間もまた延長されたようだ。
コースケの手の、注射器の空データが消去される。
もう、できることはない。
「でも……彼はハッカー・ジャッジよ」
「そうだな。やつはクラッカーを絶対に許さない」
龍泉寺もまた、トニックの効果の一部としてレオンのマインドリンク持続時間が延長されたことを、すぐに理解した。
「レオンくん! きみはクラッカーを許さぬハッカー! 敵が幼なじみのエイジくんであることは心苦しいだろうが……カヅチモンで、私とともに戦ってくれ!」
師の言葉に応じて、カヅチモンはドルゴラモンの側にまわった。
「レオン……!」
エイジは歯がみする。
いくら声を上げて説明しようと、人は……だれでも信じたい人間を信じる。それが決定的な場面であればあるほど。
バリバリバリバリバリバリ……!
カヅチモンの両手のなかで明滅する光の弾が形成された。
パルスパワー――太陽のコアにもたとえられる核融合級のエネルギーだ。
空間的に圧縮した電荷エネルギーを、さらに時間的に圧縮、ナノ秒単位で撃ちだす。
――〝神電召雷光(しんでんしょうらいこう)〟!
あのムゲンドラモンすら屠(ほふ)った最終奥義が直撃した。
不意の攻撃に反応しきれず、とっさにかばった片腕を持っていかれる。
「ぉおお……おっ……!」
デジコアにひびくほどの衝撃。
「コースケ……!」
痛みにうめいたのは、ストーンサークルの構造物の下にいるコースケだった。
ドルゴラモンは、ズタズタになった片腕を押さえてカヅチモンをにらみかえす。
龍泉寺は、初めて想定外といった反応をした。
「レオンくん……?」
至近距離からのナノ秒単位の攻撃だ。龍泉寺であってもツール操作でかわせるものではない。
「さすが伝説のクラッカー・タルタロスのパートナーデジモンだ。本気で撃っても壊れはしないと思いましたよ、先生」
ドルゴラモンはフロアに膝をついた。
龍泉寺は再度ホロライズして、あえて姿を見せる。
「なぜですか……?」
教え子をとがめる龍泉寺は、演技がかって、ひどく困惑してみせた。
「ぼくとパルスモンを助けたのは、先生ではなくクラッカー・タルタロスだ」
カヅチモンは容赦なく追撃する。バウトモンばりの乱打から蹴りで腹をえぐり、ドルゴラモンをフロアにたたき伏せた。
「――そして、ぼくを捜してくれたのはナガスミ・エイジ」
間違っても、パルスモンを人質にしようとした龍泉寺ではない。
「レオン!」
自分を呼ぶエイジの声に、カヅチモンはフェンリルガモンを振りかえった。
「話は聞いていたよ、エイジ……途中からだけどね」
レオンとカヅチモンの声は、まだダブったままだ。
とにかく――龍泉寺によってパルスモンが〝原初の領域〟に転送されてからのことを、レオンはかすかながら記憶しているという。
レオンはDMIAになってから、まだ間もない。パルスモンのデジコアに癒着してしまった意識が、わずかに残っていたのか。あるいはエラー状態だったパルスモンの記憶を共有しているのかもしれないが。
「――ハッカー・ジャッジともあろう者が……正義の側であるきみが、クラッカーに協力を?」
龍泉寺はレオンに訴えた。
「ぼくは……クラッカーは許さない」
「そうだろう……! きみが混乱しているのは、きっとトニックの副作用だ。DMIAから回復したばかりで、どこかにエラーが……」
龍泉寺はレオンを懐柔しようとする。
「表示されているバイタルデータは正常ですが」
「…………」
「ハッカーの正義……ぼくが許さないのは、デジタルワールドで理不尽に命が失われることだ。人の手で、命がもてあそばれることだ」
それはデジモンであっても人間であっても。
「――正義は、ぼくの心……信念のなかにある。ハッカーの正義によって、残念ですが、ぼくは恩師であるあなたと戦わねばならなくなった……龍泉寺先生」
デジモンの命をもてあそぶ者と。
カヅチモンは稲妻を帯びた対の刀をむけた。
龍泉寺は……レオンの触れてはならないところに触れたのだ。
「どうなるか……わかってるんだよねレオン・アレクサンダーくん。きみはすべてを失うだろう」
「やむを得えません。正義のためなら」
「レオン、じゃあ……!」
エイジは声を上げた。
レオン・アレクサンダーは、ともに戦ってくれるのか。
「エイジ、きみはルガモンとともに究極体まで進化した」
「おまえを……おまえたちを捜すためだ。デジタルワールドで見つけるために……つか、ごめん! おれのせいでDMIAに……こんなことに」
「うれしいよ」
レオンは吐息をつく。
「お……ああ」
「ぼくは龍泉寺先生よりも永住瑛士を信じる。シンプルな話だ……そのフェンリルガモンに進化した究極の姿が、きみを信じるに足るすべての理由だ」
借り物のドルゴラモンを操作する龍泉寺よりも、デジモンとともに生きているエイジを。
カヅチモン――パルスモン!
フェンリルガモン――ルガモン!
たがいのパートナーデジモンは声なく交信し、見えない意識のコードをつなぐ。
ドルゴラモンが起きあがった。
片腕はノイズで傷つき、だらりと下がったままだ。
フェンリルガモンとカヅチモンは並びたつ。
エイジとレオンは、しめしあわせたわけでもなくホロライズして龍泉寺の前に立った。
「教授……」エイジは龍泉寺をまっすぐに見た。「おれが、あんたを信じられなくなった、いちばんの理由がある」
さっきよりもノイズにまみれた〝虚像〟を。
「ふむ、ご教示願えますかね」
「あんたが、いま、ここにいないからだ」
「? 私は、ここにいますけど」
「いや、いない……あんたはマインドリンクしていないからだ。安全なDDLにいる」
――いま、デジタルワールドで命をかけていない人間だから。
「たとえ象潟くんとSoCの総戦力であっても、ロイヤルナイツを切り抜けてゲートクラックに成功する確率となると、五分五分以下でしたからねぇ……。私は退屈は大嫌いだが、命がけのスリルは求めていないので」
「損得で考えれば、そうなるな。でも……」
「安全と保険ばかりをほしがるやつは、ここでは勝てないんですよ、龍泉寺先生」
レオンが付け加えた言葉に、龍泉寺は珍しく言葉につまった。
「教え子にさとされるとは。私も……こういうとき、なんというのでしたか。ヤキがまわった?」
「そうかも」
エイジは肩をすくめた。
「飼い犬に手を噛まれました。今日はさんざんな日だ」
「おれは、あんたよりも象潟さんとデジ対の班長さんを信じた。いま、ここにいて、おれのことを見ている相手をだ。レオンも……だれよりデジタルワールドで生きている、この、おれの最高の相棒を!」
このフェンリルガモンこそ。
エイジのクラッカーとしての決意が進化させた、究極の矜持(プライド)だ。
「まだ続けますか、龍泉寺先生……?」
レオンが促す。
いかにドルゴラモンであっても2対1、片腕を失うほどのダメージを受けていた。
「結果の見えた戦いを続ける理由はありません」
ノイズのまざる声で龍泉寺は答えた。
「ええ、そうですね」
「きみたちに言ったのですよレオンくん、エイジくん」
「…………!?」
龍泉寺の言葉に、エイジとレオンは緊張して身構える。
余裕など……あるわけがない。デジタルワールドとデジモンの世界一の権威を相手に。
「言ったはずです……私は! きみたちのような! すぐれた才能をつぶしてきた! 私のルールで!」
〝原初の領域〟の全天球に、ふたたび情報樹形図が展開する。
「!? これは……」
「3相克の祭壇が、また……!」
レオンはとまどい、エイジは警戒する。
「もう〝データ〟領域はデコード済みです……忘れましたか? 〝原初のデジモン〟の3分の1ほどは、すでに私の手にあります」
満を持して、龍泉寺は構成した一連のコマンドを入力した。
龍泉寺もまた挑み続け、ここに至った者だ。デジタルワールドで叡智を研ぎ澄まし、リアルワールドで権力を振りかざし、両者をまたぐ人生という王国を築かんと。
「――私は忙しい。研究以外のことに費やす時間はありません。〝原初のデジモン〟のすばらしい可能性を……ここに!」
ドルゴラモンにさらなる異変が生じた。
「――――ッ!」
「コースケ!?」
声を上げたユーリンの前で、コースケはのけ反り背中から倒れた。
目を開いたままビクンと痙攣する。
失神。
呼びかけにも反応はない。考えられる原因は……ひとつだ。
「ドルゴラモンのデジコアに、なにかが……!?」
ゴボボボボッ…………!
ボコリ、とドルゴラモンのボディが内側からふくれ上がった。
細胞が異常増殖する。銀灰色の装甲がひきちぎれて、はじけ飛んだ。
全天球の情報樹形図からデータが引きだされて、それらすべてがドルゴラモンにダウンロードされていった。
「〝原初のデジモン〟から大量のデータがドルゴラモンに流入している……! 究極体といえどもデジモン1体に収まる容量じゃない。あんな膨大なデータを追加しつづけたら、ドルゴラモンは……!」
生と死。
デジタルワールドにおける進化は、その一面として、死にあらがおうとする生存競争によって促されてきた。
「なんか……ヤバい! フェンリルガモン!」
「くっ! カヅチモン!」
正体のわからない危機感にあおられて、エイジとレオンはパートナーとともに敵に突っこむ。
生命は……デジモンもまた死ぬことのほうが、たやすい。
その他者の死を喰らいつづけることで、死にゆくまま緩慢に生命を持続しようとする選択、進化もまた存在しえたのだ。
――〝死のX進化(デクスリューション)〟!
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo