「乾杯~!」
とりあえずビールで。永住瑛士はジョッキを合わせた。
電脳大の近くにある焼き鳥チェーン店だ。ドリンク、料理ともに全品価格統一。客層は大学生や若いサラリーマンが中心で、カップルやノートPCを広げて残業しているおひとり様もチラホラいる。
「ハッピーバースディ、エイジ」
乾杯の相手はレオン・アレクサンダーだ。
「おめでとう、おれ! ああ……さようなら、おれの10代! いろいろあったなぁ」
口のまわりにビールの泡をつけて、エイジは思いかえす。
デジタルワールド、ウォールスラムのゲートにおいてクラックチーム・SoC(サンズオブケイオス)が主催した〝祭り〟のことは、いまでもディープなネットワークの話題になっている。
デジタルワールド深層への挑戦、そして成功。
人類初の偉業だ。
もっとも、そこで繰りひろげられた〝できごと〟は、そこにかかわった者たちの意思と思惑とともに、人類の秘密として伏せられたままだ。
でも、ひとつだけ。
確かなことは――駆けだしクラッカーの永住瑛士は、デジタルワールド行動中失踪(DMIA)となったハッカー・ジャッジことレオン・アレクサンダーの〝意識〟を救出し、ふたりでリアルワールドに生還した。
「――レオン。おまえとこうやって酒飲みたいって、あのときから思ってた。やっと実現できて、よかったー」
「エイジがぼくを見つけてくれたおかげだね。あらためて……ありがとう」
「なんだよあらたまって。テレちゃうぞ」
「感謝の気持ちは、機会があったときに言葉にしないと」
――欧州はスポーツでも電気自動車でもゴールポストを動かす。
――でしょ、ワリカンとかありえなくない?
――%#!%&&☆!!
――私がこういうところにくるとこうなるって、わかっていってるでしょ!
世界情勢を力説するサラリーマン上司。グチる女子と、それをかっさらおうとする男。言語化できないけど楽しそうな大学生のグループ。キレて歯止めがきかなくなった彼女をもてあましている男と、頼まれてもいない水を持ってきて、迷惑だから出ていってほしそうにしている店員。
もろもろの居酒屋トークで騒がしいなか、クラッカーとハッカーのふたりは語った。
「――いいこと言うな、レオン。大人になると、いつ死ぬかわからないもんなー」
エイジがいったそばで、店員が、けげんそうにしながら串盛りをテーブルに置いていく。
「実際に死にかけた、ぼくが言うのもなんだけど」
「クラッカー仲間でも、いつのまにか音信不通になっちまうやつ、いるしな」
みんないろいろ事情があるのだ、いろいろ。
「DMIAになる人間もあとをたたない。いまだに原因不明の意識不明者として扱われているけど、いつまでデジタルワールドとデジモンの実在を伏せておけるのか……」
「だな」
「そうだ……これ忘れないうちに。誕生日のプレゼント」
レオンは腕のデジモンリンカーを出した。
「お? なに」
エイジもデジモンリンカーで、レオンが送信したデータを受信する。
「先月のX国の件で、共有できる情報をまとめておいた」
「え、マジ。助かる……ほんと性懲りもないよな、あのハゲ」
データを確認すると、エイジは店のタブレット端末でおかわりを注文した。
「いちどデジモン犯罪で味をしめたらね……。あのテロ国家には、ほかに基幹となる産業はないから」
「さすがに最近は、SoCを名指しで濡れ衣を着せたりはしなくなったけどさ! あの独裁者ハゲ、もういっぺんお灸をすえないとだ」
「つぎにX国でなにかあったときは、ハッカーとしては黙認するよ」
「おぉん……? 有名人のクラッカーとハッカーが居酒屋でふたり、なんのわるだくみだコノヤロー」
エイジとレオンが顔をあげると、立っていたのはグリーン系のインナーカラーの髪――
「サツキちゃん、キター」
エイジはノリで迎えた。
警視庁11係、デジ対の副班長・玉姫紗月だ。
「キター、じゃねぇし。誘ったのはおまえだろデコ助が」
「こういうお店、久しぶりね」
店内の様子を確かめながら、長身の女性――デジ対の班長・徐月鈴も現れた。
瓶ビール、コップは4人分。
全員アルコールが入って、いい感じになっていた。
「――で、おまえら、さっきコソコソ受けわたしてたデータ、なんだったんだよ? ちょいとおねえさんにも見せてみなコノヤロー」
「サツキちゃん予想してたけど酒癖わるすぎ~」
となりに座ったサツキにデジモンリンカーを取られそうになって、エイジは腕を引っこめる。
「よしなさいサツキ、今日はプライベートって建前なんだから」
「本官にプライベートはないのであります!」
サツキは敬礼した。この上司と部下は、こんな感じらしい。
「ほんとうに恋人はナメクジだけなんですね」
「レオン・アレクサンダー……イケメンだからって、なにを言っても許されると思うなよ」
サツキはビシッと指導した。
「まぁまぁ副班長殿、もひとつどうぞ」
エイジはお酌をした。
「お」
「せっかくこうして、あのときのメンツがそろったんだから……! しかもリアルでね」
今日ばかりはクラッカーもハッカーも警察も、しがらみをわすれて飲もう。
ちなみに……あの日、警察の機密であるブリガードラモンを無断出動させたサツキが提出した辞表は、受理されなかったようだ。
デジ対の班長はユーリンのままで、組織として大きな変化はない。もちろん内情は、いろいろあったのだろうが……。
「――それ、好きなの?」
と、ユーリンがエイジにたずねた。
エイジの前には鶏皮の串ばかりが積まれている。
「大好き~」
「ふふ……永住瑛士くん。リアルで会って話すのは初めてだけど」
「デジ対のねーさんとは、前にDDLですれちがってるんですけどね」
エイジはユーリンにもお酌した。
「ほんと、リアルはただの学生さんみたいなのね。これは……だまされるわ」
ユーリンはクスッとする。
「班長! だまされちゃだめですよ! こんなワンコみたいなかわいい顔して、こいつは、いまやクラッカーの……SoCのアタマなんだから!」
「サツキ、声が大きい」
「さりげなくエイジのことかわいいって言ったね、いま」
ユーリンが部下をたしなめる。レオンは……こいつはひと言多いようだ。
「でもサツキちゃん、それ誤解……いまでもウチのリーダーはクラッカー・タルタロスだし」
「どーだか! あれからタルタロス本人は表だって行動を……ちょっと、あ、お手洗い」
サツキは席を立ってトイレにむかった。
エイジは声のトーンを落とした。
「もともとリーダー・タルタロスっていうのは、象潟さんとパートナーデジモンのふたりを指していたらしい。SoCのリーダーに与えられる称号みたいなものかな」
SoCで中心的役割を果たす者たちが、奈落の巨人〝タルタロス〟の名を継いでいくことになる。
逆に言えば、SoCとクラックチームの理念が存在するかぎり、リーダー・タルタロスはネットワークにおける不滅の存在になるだろう、と。
「実際、どうなのエイジ? 象潟講介のその後は」
レオンがたずねた。
「んー……や、おれもさ」
エイジは鶏皮串をもぐもぐする。
1年前のオペレーション・タルタロス以来、エイジは象潟と会ってない。
「そうだったの? 意外だな」
「というかリアルで象潟さんと会ったの、あの1度きりだし。あの人のセーフハウス……アジトは、なんだかんだでおれが譲りうけたけど」
「あれ? 住所はまだ、あの3畳のワンルームだよね」
「表むきはな。仏壇があるし、ルガモンが気に入ってるんだよ、あの部屋」
「あなたたち……」ユーリンが口を挟んだ。「クラッカー・エイジとハッカー・ジャッジが、つながりを強めているのはデジ対でも把握していたけど。さっきから話を聞いていると、そんなにべったりってわけでもないのかしら」
「んー」
「エイジとリアルで会うのは、何ヶ月かぶりですよ」
隠すようなことでもないので、ふたりは素直に答えた。
GriMMでは、たがいの名を聞かない日はないだろうが……。ふたりは、さほどひんぱんに連絡を取っているわけでもない。
「そのへんは……ほら、おたがい立場もあるし。とくにレオンは、まだ学生さんだから」
エイジの返事に、ユーリンは考えをめぐらせた。
「デジタルワールド研究で将来を嘱望(しょくぼう)される金の卵が、おおっぴらにSoCのクラッカーとつきあうわけにはいかないから……エイジくんが気をつかっている、ってことかしら」
「そそ」
エイジはうなずいた。
あれから1年――
失われたデジタルワールド〝原初の領域〟における〝事件〟にかかわった者たちは、そのときを起点として、ふたたび、それぞれの人生を歩みはじめている。
レオン・アレクサンダーは、デジタルワールド行動中失踪(DMIA)から回復した、記録に残っている限りでは初めての患者となった。
植物状態だった期間が短かったこともあり、心配された身体へのダメージは最小限だった。リハビリを終えたあとは電脳大に通っている。とくに、自分も罹患したDMIAの治療については際だった研究成果を上げていた。もちろんハッカー・ジャッジとしての活動においても。
永住瑛士はクラッカー稼業を続けていた。
もっとも立場はすっかり変わった。あの〝祭り〟を主導してデジタルワールド〝深層〟に挑んだ英雄的クラッカーとして、エイジの名はネットワークの伝説になりつつある。
〝勝ち組〟のクラッカー。
いまではSoCの事実上のリーダーとしてGriMMで認識されつつあった。〝ソングスミス〟マーヴィンをはじめとしたSoCの幹部たちも、それを認めている。
本人にはリーダーなんていう気、さらさらないのだったが……。
「変わるのね、たった1年で」
ユーリンは思いかえした。…………
――〝終極戦刃・建御雷神〟ッッッ!
死へとむかう進化をとげようとしたデクスドルゴラモンは、〝原初の領域〟に砕けちった。
龍泉寺教授が参照した〝原初のデジモン〟のデータにもとづくアンデッド型デジモン。
その、複数のデジコアを喰らったデジコアプレデターの外装甲は、剣化したカヅチモンの刃によってデクスリューションの因果を断たれた。
はらり、はらり――と。
のこされた10枚の翼だけがバラバラになりながらフロアに舞いおちて、データの屑となりながら四散霧消する。
〝原初の領域〟からダウンロードされたデジコアが解放されて、ふたたび深層のデータの海に還っていく。
死にゆく凶風は止んだ。
デジコアプレデターは活動を停止したのだ。
命をもてあそぶだけの怪物は、それを許さぬふたりの意思が――
エイジとレオンの精神をデジコアに宿した、ジョグレスしたフェンリルガモンとカヅチモンによって、ついに敗れさった。
残されたのは、ひとつのデジコア。
ドルモンだった。
データ種のプロトタイプデジモンを、フェンリルガモンはそっと受けとめて保護する。
すでに龍泉寺がドルモンにほどこした縛めもまた〝タケミカヅチ〟の刃によって破壊されていた。
フェンリルガモンのデジコアのなかで、そのときエイジはやや呆然としていた。
どうなった……。
状況が把握できない。
興奮しすぎて、見えてはいても、まわりがまったく見えなかった。
「――デクスドルゴラモンは消失」
「レオン……?」
エイジは「しゃべる剣」となったカヅチモンとレオンを、あらためて見た。
「ドルモンを確保、龍泉寺教授からの通信の途絶を確認……」
つまり…………
エイジたちは龍泉寺教授を退けた。
守ったのだ。
はっきりと言葉にはできなかったが、たぶん大切なものをいくつも守った。…………
デジタルワールドの命の有り様を。
「――オペレーション・タルタロス、フェーズ4、終了だ」
「象潟さん?」
エイジは声に振りかえった。
ホロライズした象潟とデジ対の班長、リュウダモン、そしてティラノモンズが3相克の祭壇のそばにいた。
「コンプリートとはいかなかったが……これで成功としなくてはならないだろう」
そういった象潟のかたわらには、黒いアグモンも。
――〝コースケ〟
小さな声で呼んだ黒いアグモンの手を、象潟は二度と放さぬようしっかりとつかんだ。
「…………!」
「ありがとうクラッカー・エイジ。ありがとう永住瑛士。きみたちが――」
象潟の言葉に応えるよゆうは、そのときのエイジにはなかった。
フェンリルガモンは一気にダウングレード、成長期ルガモンの姿にもどる。
「えーと、もうKライン突破してLラインなんで! ヤバいヤバい、先にオチます! おつかれさました~~~~!」
「――あなたたちくらいの年頃は、とくにそうか。昨日までのコゾーくんが、別の生き物みたいに変わる……気づいた順に」
「気づく?」
エイジはユーリンの話に耳をかたむける。
「一度しかない人生の価値によ。デジモンの進化みたいね」
ユーリンは、なんだか機嫌がよさげだ。
あの〝祭り〟の件で、エイジはGriMMを介してユーリンから非公式に話を聞かれていた。一方で、表だって警察からの事情聴取はなかった。
「やー、リアルで犯罪者にならずにすんで、デジ対のねーさんには感謝してるんですよ」
デジ対は、エイジの人生を合法的に潰すこともできただろう。
でも、そうはしなかった。
ユーリンはエイジのことを、象潟とのかかわりのなかで信用してくれたのだろう。もっともエイジがクラッカーである以上、今後どうなるかはわからないが。
「――で、コースケのことだけど」ユーリンは単刀直入に訊いた。「いま、どこでなにをしているの? 消息不明のクラッカー・タルタロスについて情報が聞けるっていうから、私、来たんだけど」
ユーリンにとっては、それが本題だった。
「あー、つか……象潟さんも誘ったんですよ、今日ここに」
「え?」
ユーリンは急に挙動不審になってあたりを見まわす。
「でも物理的にムリっぽくって……日本にはいないのかな? だから2次会から誘いました! そっちにはくるんじゃないかな、きっと」
「2次会……」
「もしかして、そっちって、あっち?」
レオンはデジモンリンカーを見た。
液晶モニタに彼のパルスモンの姿はない。
「そ、あっち」
エイジのデジモンリンカーにもルガモンの姿はなかった。どちらのパートナーも外出中だ。
「いたー! 遅れてごめんなさい!」
声が飛んだ。
「初音っち! こっちこっち!」
エイジは立ちあがって迎える。DDLの受付嬢、初音モカだ。
「残業? 初音さん」
「あー、レオンさん久しぶりー。最近DDLに来てくれないから、うちのレオンファンクラブの連中が干上がってるよー」
初音はベンチ席に小さいお尻を押しこんだ。
「仕事、忙しそうだね、初音っち」
「そうなのエイジさん。去年からうち、いろいろゴタゴタしてて……人の移動が……」
「龍泉寺教授がアメリカに研究拠点を移したものね」
「…………! 警視庁の……!」
あらためてユーリンの姿に気づいて、初音はびっくりした。
「――ちょっとエイジさん、聞いてないんだけど」
「いや、来てくれるかわからなかったし」
エイジは飲み会のメンツを初音に伝えていなかったのだ。
「DDLの受付の方よね」
「初音モカです! いつもお世話になっています!」
「今日は、そういう堅苦しいのは抜きでいいっぽいよ」
「やったぁ! レオンさんがそれだけリラックスしてると、安心ー」
「そう! 主役、おれだから!」
「あー、トイレ混みすぎ……あれ? このかわいコちゃんは……」
サツキが戻ってきて、初音を見る。
龍泉寺教授は、
1年前の〝原初の領域〟での事件のあとも、龍泉寺はなんら変わることなくアバディンエレクトロニクス社に君臨、デジタルワールド研究の世界的権威でありつづけている。
言うまでもなく、あのときの龍泉寺の行為をもって罪に問う法律など、なかったからだ。
ただ――
龍泉寺の心のなかで少しばかり心境の変化、もっといえば居心地のわるさはあったのかもしれない。事件からほどなく、龍泉寺は研究拠点をDDLからアメリカに移す決定をした。
エイジとレオンについて、龍泉寺は表だった対応――嫌がらせや攻撃はしていない。
レオンはDDLの契約ハッカーのままだし、エイジのもとにはきちんと追加報酬込みのギャラが振りこまれた。さすがにレオンは、龍泉寺所有のマンションは引きはらったのだが。
いずれにしても、そこにはデジ対の班長・徐月鈴の存在があり、そして象潟講介の暗黙の影響力があったことは間違いなかった。
――私のデクスドルゴラモンを倒すとは。
知るよしもない。
あの戦いの最後、龍泉寺は、〝原初の領域〟との通信が途絶したDDLのラボで、そんなことをつぶやいたのだろうか。
――讃えましょう、若者の可能性を。だが、これで私をやっつけたなどとは思わないことです。
「さて……! 全員そろったところで、あらためて! みんなお酒ある?」
エイジはテーブルを見わたした。
乾杯!
「――で! 龍泉寺教授も、飲み会に来たいって言ってたんですけどね」
「!!!」
初音の爆弾発言に、エイジとレオン、ユーリンまで、あやうくビールを吹きだしかけた。
「ぶほっ……は、初音っち?」
「ほんとうに……?」
レオンも言葉をなくしてしまう。
「うん。いま教授の日本での担当、私なんだけどね。外せない会議があるとかでキャンセルになっちゃった」
「会議……」
「そう、アメリカ国防長官と! 教授、プライベートジェットで飛んで来るつもりだったみたいなのに、残念だね~」
初音の言葉に、エイジとレオンは顔を見あわせる。
「…………。よかった」
「ペンタゴンはいい仕事をしたね」
ふたりは安堵した。ユーリンも、たぶん胸をなでおろしているはずだ。
デジタルワールド外縁、ウォールスラム。
〝乱渦〟の風は、今日はたなびくていどだ。
あのウォールゲートをめぐる戦いから1年。
スラムのデジモンたちのあいだでも、ゲートクラックに成功した人間とクラッカーのことは語り草になっている。
結果としてゲートはふたたび閉ざされはしたが、鬱屈としたスラムにあって、彼らを追放したデジタルワールドのシステムに風穴を空けた――ちょっとした痛快事ではあった。
変わったことと言えば、この9番街〝九狼城〟。
「――レオンたち、もうちょっと遅れるって」
廟の屋根の上で。
パルスモンは彼のパートナーからの連絡を伝えた。
「しょうがねぇなエイジのやつ。こっちは迎えに行くのを待ってやってるのに」
魔狼はエサ肉をかじった。
9番街の主・ルガモン。
彼のナワバリ――違法建築のビルの谷底にある廟には、いまではSoCのマークが掲げられていた。
パートナーの永住瑛士とルガモンの旗だ。
〝九狼城〟の広場では、9番街のデジモンたちが集まって飲み食いをしている。
大宴会だ。
「どうした、リュウダモン?」
ルガモンは、となりにいるデジモンを気づかった。
ごちそうのエサを目の前にして、鎧兜のプロトタイプデジモンは神妙な顔をしている。
「ご相伴にあずかりにきたものの……拙者、ここにいてよいのでござろうか」
デジ対――警察備品である自分が、クラッカーの巣窟にいるのが気になっているらしい。
「デジ対のお嬢さんたちだって、いまごろエイジたちと飲み会してるんだから……いいんじゃね」
「ハッカー側のおいらもいるんだしさ!」
あまり深く考えるなと。
「で、ござるか」
「ござるでござるよ。ささ、一杯どうぞ」
パルスモンは一升瓶を持ちだした。
杯で受けたリュウダモンは、注がれた謎な色の液体をくいっと飲みほす。
「ん……これは、なんとも強烈な……」
リュウダモンは目をしばたたかせた。
――本醸造〝魔狼〟
「9番街特製の密造酒だ」
「みつぞう……」
「いや、デジタルワールドに法律もクソもないけどな。エイジのデジモンリンカーからリアルワールドの酒……アルコールのデータを参照してデータを精製した。これはいいシノギになるぜ」
ルガモンは目が利く商売人の顔になる。
ティラノモンズの3体が宴会芸――広場の中心で火を吐きながら踊る。
デジモンたちは、すっかりいい気分だ。
「いろいろあったけど、なんだか、おもしろいことになってきたね」
パルスモンは笑顔だ。
「おもしろい……か。そう、少なくとも退屈はしていない」
ナガスミエイジというクラッカーと出会ってから。ルガモンは口元をゆるめた。
「でさ、ルガモン……きみ、思いだしたの?」
パルスモンは酒のいきおいで訊いた。
「あ?」
「いや、だから記憶……昔のこと」
ルガモンの記憶野にエラーがあることを、パルスモンは聞いていた。
「…………」
「進化するごとに思いだすみたいだって、エイジがレオンに話したことがあって……おいらも耳に挟んだんだけどさ。DDLで捕獲されていたときのこととか……」
「さぁな」
ルガモンはフッと息をついた。
「?」
「どうでもいいんじゃね、昔のこととか。たとえ思いだしたとしても言わねーよ。エイジ……あいつには、おれが必要なんだ。あいつは自分の未来だけしょって、これからデカいことをやればいい」
「ふーん」
話をそらされてしまったが、パルスモンもそれ以上は興味がなかった。
酒がすすむ。
「――レオンもエイジも飲みすぎないといいけど! 血中アルコール濃度が上がるとマインドリンク不可になっちゃうし」
デジモンたちは、いつでもアルコールのデータを自力で分解できるのだが、人間はそうはいかない。
「まぁ、そうなったらデジモンリンカーのロック外せばいいけどよ」
「そういえば〝彼〟は招待したの? 彼らは」
パルスモンがたずねた。
「エイジが、メッセージは入れたらしいがな」
「すごいよねー……ずっとマインドリンクしっぱなしなんでしょ? もう、こっちにいる時間のほうが長いんじゃないの、あの人」
「おっさん、人間からデジモンになっちまったんじゃねぇのか……ハハハ」
「あの人、来るかどうか賭ける?」
「あーん?」
「エサ肉1か月分で」
――ドンッ!
ふいに、九狼城の広場を影がおおった。
みなが振りあおぐ。
ネットワークの海に――
浮かびあがったシルエットは翼ある竜人。
銀灰色のボディがウォールスラムの光を照りかえす。
「ドルゴラモン! 来たでござるな!」
ほろ酔いのリュウダモンは手をあげた。
ザッ……
「来たか、おっさん」
「ルガモン……エイジは?」
象潟講介は、のんびり歩きながら九狼城の広場に姿を見せた。
「まだだよ。でも、もうじきくる。迎えに行くか」
ルガモンは屋根から飛びおりた。
象潟は廟に掲げられたSoCの旗を見あげる。
つないだ手の先には、黒いアグモンが連れそっていた。
客人に酒がふるまわれる。
象潟は杯をかかげた。
――SoCのあらたなリーダー・エイジ! そして9番街の魔狼・ルガモンに乾杯!
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo