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エイジはルガモンとの意思疎通――チャットを交わす。
「教授のねらいは〝原初のデータ〟3相克すべてのデコードだ」
ドルモンの〝データ〟はデコード済み、リュウダモンの〝ワクチン〟はデコードを中断した。
「リュゥセンジの野郎、チカラずくでおれを再拘束する気だな」
「でも……こっちは〝虚像〟の教授を攻撃しても意味ないけど、むこうだって……どうやっておれたちを?」
〝虚像〟を殴っても無意味だが、虚像から殴られることもないはずだ。
「そりゃ……手駒がいるな。操作できる〝実体〟が……なにっ!?」
――〝メタルキャノン〟!
いきなりだった。
拘束されていたドルモンが攻撃してきた。
ドルモン進化系のメイン攻撃は鉄球を撃ち出す技だ。エイジは頭を抱えて伏せ、ルガモンは紙一重でかわす。
「なにしやがる、このっ」
「象潟さん、なんだよいきなり……!?」
ところが……コースケは、サヤの死の知らせによって放心状態のままだ。
「ドルモン……おまえ、なにを……?」
コースケ自身が、パートナーがルガモンを攻撃したことに驚いている。
――ドクンッ!
〝原初の領域〟が震える。
「ドルモン……おまえ操作されて……?」
コースケが語りかけるが、ドルモンは目がうつろなまま反応がない。
「教授……!」
「リューセンジ、てめーか!」
エイジとルガモンは〝虚像〟をにらんだ。
「デジモンはAI生命体、マインドリンクしなくてもツールで操作できます。きみたちクラッカーがいつもやっているようにね」
「いいえ……!」龍泉寺の言葉にユーリンは首を振った。「ドルモンはコースケとのマインドリンクを維持したまま……拘束だけならともかく、外部から操作するなんて……!」
あり得ない、と。
「マインドリンクしているからこそだよ」
龍泉寺の〝虚像〟は笑む。
「!?」
「なぜなら……! ドルモンにとってパートナーである象潟くんの存在、デジコアにある彼の精神データ、意識は……! もはやセキュリティの重大な〝穴〟でしかないからだ」
「…………! 私が……」
コースケはホロライズした自分の手のひらを見た。
その腕のデジモンリンカーは、勝手に、なにかのシグナルを送信している。
伝説のクラッカーは、いまや無力化した。
「心を折られた人間の意識とは、もろいものです」
龍泉寺は嘆いてみせた。
ユーリンはコースケにむかって声を上げる。
叱咤、同情、怒り……どんな言葉も、壊れて、徒労の人生に疲れ果てたコースケの心にはひびかない。
言葉で折られた心は、言葉では治らない。
ドルモンは、いまや抵抗力を失った龍泉寺の操り人形だ。
「〝進化〟だ」
龍泉寺の言葉に、エイジはたじろぐ。
「ドルモンを、また……!」
「成長期ドルモンから成熟期、完全体ドルグレモン、そして……!」
――究極体ドルゴラモン!
ツール操作によって、龍泉寺はドルモンをふたたびドルゴラモンに進化させた。
コォオオオオオオッ…………!
枷をはめられた破壊の化身ドルゴラモンは、生気の宿らぬ双眸で、その場にいた人間とデジモンたちを睥睨する。
「すばらしい絶望の光景でしょう」
龍泉寺は意気揚々と、究極の〝敵〟たる銀灰色の暴竜をしたがえる。
「ドルゴラモンが……敵に……!」
「さて、エイジくんは決断が速いタイプだったね……? 〝原初のデジモン〟のデコードに協力するなら、よし。私は、それを望んでいます。きみを私の教え子として迎えますよ、DDLでも電脳大でも」
龍泉寺は悪魔の提案をした。
「電脳大……!」
「電臨区のタワマンに住んで、DDLのカフェでは食べ放題、福利厚生は完備、うちの女子社員となかよくなるのも自由だ……受付の初音くんとはその後どうかな?」
「え」
「はい、10秒あげます。よい返事を」
10、9、8……龍泉寺はいいかげんなカウントダウンを始めた。
エイジは――
模試でB判定を出していた電脳大に入学できたら、いずれはアバディンエレクトロニクスのような人気企業をとねらっていた。
幸運に幸運を重ねれば出世して管理職、役員……あるいは独立して起業? そんな、もしかしたらあったかもしれない永住瑛士の未来を想像してしまう。
〝勝ち組〟の世界だ。
時給いくらの仕事じゃない。不安なく仕事に打ちこみ、10年、20年でも人生を計画することができる。だれだって、そんな安心のなかで一生を歩みたいはずだ。
いまよりもはるかに、なんでも思いどおりにできる。
フリーターに自由などない。自由になるものがないからだ。権力も金も。社会的信用ってやつがない。あるのは不安で満たされた無為な時間だけ。
「――いいなぁ、そういうの……モカちゃん彼氏いるけど」
「エイジ……!? おまえ、なにを言いだして……!」
ルガモンはぎょっとした。
食ってかかろうとするが、エイジはルガモンのおでこをムギュっと手で抑えた。
「なぁ、ルガモン」
「…………!」
なでる。ルガモンのインターフェースを。
「おれな……ずっと、そういう勝ち組の世界? キラキラしたのにあこがれてた。DDLに初めて行ったとき、あこがれの世界に触れることができて……それだけじゃなくて、ちゃんと大人として仕事ができたことが! 夢みたいだった! おまえとも出会えた!」
「そりゃ……まぁ、そうだけどな」
ルガモンはひとまずエイジの話を聞く。
「やはり、きみは話がはやい! もちろん待遇は保証する。では――」
龍泉寺の〝虚像〟はウェルカムのポーズをとった。
「ただなぁ」エイジは肩をすくめた。「おれって損得だけじゃ、決められない性格なんだよなぁ」
――デジタルワールドはね……ひとの人生を変えるよ。
それは、くしくも龍泉寺の言葉だった。
象潟講介も、徐月鈴も、レオン・アレクサンダーも。
龍泉寺とかかわった人間はデジタルワールドで不幸になる。娘の龍泉寺沙耶さえ、死後まで運命をもてあそばれた。
そんなこと、許されるのか。
デジタルワールドだったからこそ、人が心ひとつで乗りこむ異世界であるからこそ、エイジは目の当たりにした。
――デジタルワールドは……きっと、おれの人生を変える場所だから……!
生命の価値を。時間の価値を。その命の歩みである人生のすばらしい価値を。
「おれはデジタルワールドで勝ちたかった……だから、ここに探しにきた。おれの人生をだ! そして、それは……おれが、ここで、なにかを成し遂げなくちゃ見つからない」
それがなんであろうと。
挑み続ける。パートナーとの絆にかかげた帆に、たがいの信念の風を受けて。
トモダチを助ける。
探しつづける。続けることが道になるだろう。
エイジにとっての道――人生を、
「やっぱ……おれはクラッカーだから」
魔狼を友とし、探しつづける者。
デジタルワールドで生きる者だ。
エイジの態度の明らかな変化、自分への非服従を、常に権力者であり続けた龍泉寺は敏感に感じとった。
「…………。ふむ」
「エイジ、それでこそおれの相棒だぜ! ちょっとくらい損したって、やらなきゃならないことはある! おまえの言葉だろ!」
ルガモンは前脚でエイジの尻をポンとはたいた。
「損……? エイジくん、私は、きみに最大限の評価をしてきたはずだがね?」
「まだ言うかよ、ジジイ!」
「だから……おれは、あなたを尊敬した」エイジは語調を抑えて、言った。「人生の先生としてだ。デジタルワールドであなたみたいになりたいと思った。だからこそ――」
「…………」
龍泉寺はとまどうばかりで。
理解、できなかったのだ。なにも持っていないクラッカーの若者が、なんの得にもならないのに、いきがってみせる心理が。
「あなたは……あんたはもう、おれが目指す人じゃなくなった。ようするに――」
「てめーはムカつくからだリュゥセンジ! だから、もうジャマすんな!」
言葉を選んでいるあいだにルガモンが言ってしまった。
龍泉寺は沈黙する。
さっきからイライラと、あの温和な笑顔は消えて、不機嫌さを隠さなくなっていた。
「飼い犬に手をかまれる、とはよくいったものです。なぜ損をしたがるのか」
「損……ああ、大損だよ! 電脳大もDDLもカフェ飯も、ぜんぶパー! でも、おれは……おれをほんとうに大切に思ってくれた人のために、やれることをやる! あとのことは知らねーな!」
多少不器用でも、心から自分を案じてくれたレオン・アレクサンダーのためだ。
「これで最後です。答えは変わりませんね」
と言いながら龍泉寺は、すでにドルゴラモンに指示を出していた。
ターゲット・ロック――攻撃対象はルガモン。
「人生、1回きりだしさ! 信じられなくなった相手に、いつまでもこだわってても仕方ない。クラッカーに自由があるとすれば……損する自由くらいだし!」
「いくぞ、エイジ!」
「ルガモン……進化だ!」
エイジはホロライズを解除、デジコアに戻る。
成熟期、そして完全体へ。
――完全体ソルガルモン!
エグゾーストノイズを吐き散らして、ソルガルモンの両肩の発動炉から魔炎がほとばしる。
爆発燃焼排気。
ソルガルモンは神話の魔狼のデータ制御に成功したデジモンだ。全身をおおったプロテクターの内部には、太古の言語で記述されたプログラムコードが走り、燃えさかる恒星のごときエネルギーを制御している。両肩に動力炉を内蔵することで、ソルガルモンは攻撃だけでなく防御、姿勢制御にも魔炎のエネルギーを転換することができた。
――〝プロミネンスレーザー〟!
一閃。
ソルガルモンの指先から日輪の熱線が放たれた。
収束魔炎をさらに電磁力で圧縮、レーザーのように撃ちだす。炎を超えた炎――華氏数千ケルビンにも達するプラズマの熱線だ。一種の火炎放射器でしかなかった成熟期までの技よりも射程は長大、もちろん命中すれば消えない魔炎が標的を焼き続ける。
ジュッッッ!
鉄板でなにかが焼ける音。
「…………! おい!?」
ソルガルモンは、マジかよ、となった。
素手で――ドルゴラモンがプロミネンスレーザーを受け止めたのだ。
手のひらを焦がしながら、くすぶる魔炎を握りつぶす。
「やりますねぇ」
龍泉寺は楽しそうだ。
エイジは、あらためて究極体ドルゴラモンの圧倒的なスペックを思い知らされた。
伝説のクラッカー・タルタロスの最強のパートナーデジモンだ。それをデジタルワールドとデジモンの、人類最高の権威が操作している。
「いまのは、あいさつ代わりだ」
ソルガルモンが言いかえした。
「ドルゴラモンとオウリュウモンとの戦い、ほとんど見てないんだよな……」
ウォールゲートの攻防戦ではエイジは遅れてきてデジ対機動中隊と戦っていたのだ。
「ドルゴラモンの技は衝撃波〝ドルディーン〟と突撃系の〝ブレイブメタル〟――シンプルだけどロングレンジ、接近戦ともにスキはない」
「デジ対の班長さん……?」
エイジはアドバイスをくれたユーリンを振りかえった。
「オウリュウモンの防御装甲なら、受けてから反撃という戦術もあったけど……完全体のスペックでは、ドルゴラモンの本気の技を喰らったらデジコアごといかれる」
「いいや」
エイジは首を振った。
「ナガスミ・エイジ……?」
「ツール操作なら、あのドルゴラモンは、デジ対のねーさんと戦ったときほどのスペックはない」
ソルガルモンが分析する。
「龍泉寺教授が操作しているから……おれも、班長さんはとくに、敵をでっかく見すぎちまうんだ」
ギィンッ!
ロングメイス〝ヴァナルガンド〟を振りかざし、ソルガルモンは見得を切るとフロアに石突をたたきつけた。
「びびってたら、できることもやれなくなるしな!」
「だな……! おれもソルガルモンも腹くくっちゃったんだよね。ていうか……」
なんだか燃えてきた。
「――〝負け犬〟はそれらしく、やってやるさ」
「タルタロスのおっさんもリュゥセンジも……エイジ、おれにいわせりゃ、おなじ人間だ。英雄やら神様じゃねぇ。だったら……」
二股になった〝ヴァナルガンド〟を龍泉寺の〝虚像〟に差しむける。
「得意の時間稼ぎをするつもりなら、考え直したほうがいい」
龍泉寺が忠告した。
「…………!」
「私はツールでドルゴラモンを操作していることをお忘れなく。時間稼ぎをしても、タイムアウトでDMIAになるのはマインドリンクしている象潟くんだ」
「!」
エイジは内心、あっとなった。
確かに……そうなるのだ。
「そして象潟くんとドルモン――ドルゴラモンのマインドリンク限界は、エイジくん……いまのきみたちの比ではありません。なんといっても長年のパートナーであり伝説のクラッカーだ」
マインドリンク持続時間も、常識では計り知れないということだ。
時間切れには期待できないし、してはならない。
そしてツール操作にもかかわらず龍泉寺のドルゴラモンは……間違いなく強い。
「パフォーマンスを上げていきましょう」
龍泉寺の〝虚像〟が浮かびあがると、そのままドルゴラモンに吸いこまれていった。
分析データがエイジの前の仮想モニタに表示される。
「視座を調整して……マインドリンクのパフォーマンスに、さらに近づける気か!」
――〝ドルディーン〟!
破壊の衝撃波が〝原初の領域〟を引き裂いた。
ソルガルモンは吠える。
両肩の発動炉のエネルギーを推力に変換する。ソルガルモンは空中での3次元機動を可能にしていた。
「速い……そして予測不能。あのソルガルモン、機動性だけなら究極体にも……でも、なぜ」
ユーリンは気づいた。
ソルガルモンはあえて空中戦を挑んでいる。
ほとんど遮蔽物のない戦場で、衝撃波で遠距離攻撃をしてくる敵に対して攻撃のタイミングを計っているのはわかるが……。
――バリバリバリッ!
〝ドルディーン〟の流れ弾が付近に着弾、衝撃波が爆ぜた。
そのときソルガルモンは、チラッとユーリンたちを見た。
「…………! まさか私たちを気遣って?」
ストーンサークル内の3相克の祭壇には、ユーリンと茫然自失のコースケ、動けぬリュウダモン、そして転送されてきた黒いアグモンとパルスモンがいた。
「……ふむ」
目ざとい龍泉寺はエイジの意図を見逃がしはしなかった。
ドルゴラモンがふたたび〝ドルディーン〟を構える。
タメをつくってから……あえて敵対するソルガルモンではなくストーンサークルをねらった。
ユーリンは息をのむ。
リュウダモンを壊してしまえばデコード作業が続行できなくなる。コースケをねらえば、マインドリンクしたドルゴラモンに不具合が生じるかもしれない。
でもパルスモンや黒いアグモンであれば……。
老人は、しぶとく狡猾だ。
「まさか先生は……! このためにレオン・アレクサンダーのパルスモンを……!」
ナガスミ・エイジとルガモンに対する保険として、いざとなれば人質にでもするためにパルスモンをこの場に転送したのか。
ブラフであろうとなかろうと、こうされてしまえばナガスミ・エイジは……!
――〝スコルレイジ〟!
魔炎の軌跡をひいてソルガルモンは特攻、ドルゴラモンめがけて〝ヴァナルガンド〟を打ちつけた。
「…………ね。ツールなしでも思いどおりに操作できるんですよ、人間って」
ドルゴラモンのなかで龍泉寺の声が言った。
「ッ!?」
フェイク――そして誘い。
どんなスピードも機動性も、先読みされれば意味がない。
龍泉寺のドルゴラモンは〝ドルディーン〟をキャンセル、背面から突っこんできたソルガルモンに、計ったようなバックハンドブローをみまった。
メキメキメキッ……!
〝ヴァナルガンド〟ごとソルガルモンの体がへし折られた。
「ぐうっ!」
デジコアにいるエイジにも衝撃が伝わる。
打撃に逆らわず、あえて、吹き飛ばされてダメージをそらした。
「さぁて、調子が出てきました。ツール操作であってもドルゴラモンはすさまじい……この究極体の半分のチカラも引きだせないのが、もどかしいですね」
龍泉寺は愉悦がとまらない。
「ゴリゴリだな……張り切りすぎだぜ、リュゥセンジのジイさん」
「ッ! ソルガルモン!」
エイジはコマンドを打ちこむ。
ソルガルモンは応じ〝プロミネンスレーザー〟を乱射した。ドルゴラモンは収束熱線を片腕ではじき、いなす。
バババババッ!
かまわず〝プロミネンスレーザー〟を乱射する。
魔炎が収束しきらず、ドルゴラモンの全身を乱れた炎がおおった。
しかし、これでは〝プロミネンスレーザー〟本来の貫通力は望めない。不完全燃焼を起こして、あたり一面に煙がただよった。
「いいセンいっていましたが、そればっかりでは芸がない」
ドルゴラモンの全身に着火した魔炎を、龍泉寺は意に介さない。
ツール操作ではデジモンの痛みは共有されないのだ。ダメージを受けているのはドルゴラモンでありマインドリンクしたままのコースケだ。
「――ここまでですね。私は忙しい」
龍泉寺は見切りをつけた。
「研究以外のことにさく時間はないんでしょ……!」
エイジは挑発し返す。
「そのとおり……安心しなさい。デコード作業がありますから、デジコアを壊さない程度にギリギリまで壊してあげます。地獄を見たことはありますか……? ああ、ご両親をWWW-626便の墜落事故で亡くしていましたか」
「…………ッ! この……!」
「アトラクションは嫌いかな……? ご両親とおなじ死の痛みと恐怖を体験させてあげましょう。もう二度と、私に逆らおうなんて気にならないように。心が折れるまで……!」
これが……ほんとうに、あの龍泉寺教授なのか。
デジタルワールド研究の第一人者。エイジは龍泉寺を尊敬していた。
――デジタルワールドとデジモンを守るために。
エイジの心を動かしたのは龍泉寺のその気持ちだった。
――デジタルワールドの生態系、すなわちデジモンの命にかかわることになる。
共感したのは、その考えだった。
なるほど龍泉寺はデジタルワールドを愛しているのだろう。
そして、その愛は偏った――欲だ。
欲のためなら、どれだけの人間を傷つけてもかまわない。
人を殺したわけではない。
でも、何人もの心を折ってきた。だれかの人生を殺してきた。そして平気で忘れることができる。何度でも欲のためにだれかの心を殺し続ける。
リアルワールドの自意識のモンスターは、とうに、デジタルワールドに放たれてしまったのだ。
エイジは――あの、人のカタチをした怪物に殺されたくはない。
怪物にとりいるか。
逃げるか。
さもなければ……!
「あんたなぁ……! 龍泉寺ッ!」
「わずらわしいので鬼ごっこはなしです。スマートなやりかたではないですが、パルスモンを人質に……ん?」
そこで龍泉寺は気づいた。
パルスモンが……いない。
ドルゴラモンの周囲をおおった煙が、ゆっくりと晴れていく。
ストーンサークルにいたはずのユーリンとリュウダモン、黒いアグモンの姿もなかった。祭壇に残っていたのはコースケだけだ。
いいや、もう1体――
「ティラノモンだと……? いったい、どこにいた」
龍泉寺は驚いたような拍子抜けしたような声をもらした。
コースケのとなりにティラノモンがいて、困ったようすでいる。コースケが逃げようとしないのだ。
「あー、なにやってんだ象潟さん」
「…………! そうか、エイジくんはティラノモンを何体か使っていたね」
龍泉寺はすべて察した。
ソルガルモンが〝プロミネンスレーザー〟を乱射したときだ。不完全燃焼の煙によってドルゴラモン――龍泉寺の視界が遮断された。
そのときエイジは、サブ機のデジモンドックに格納したティラノモンを3体放ったのだ。
指示は、ユーリンたちを避難させること。
だが、どこに? この〝原初の領域〟に逃げ隠れするような場所は……。
3相克の祭壇。
フロアからせりあがったストーンサークルは何層にも石柱、石材のブロックが積まれていた。その下にはもぐりこめる空間ができている。
逃げたといっても、ティラノモンが動けない彼らを抱えて避難しただけだ。
ドルゴラモンは龍泉寺の操作下にあり、リュウダモンは拘束されている以上、〝原初の領域〟から脱出したわけではない。
「ティラノモン! タルタロスのおっさんはいい!」
ソルガルモンが声を上げる。
エイジに対して、人質として価値があるのはパルスモンだ。
「ティラノモン……ええと1号か。おまえも隠れて――」
ザシュッ!
するどい衝撃がエイジの言葉を切った。
――ギャッ!
ティラノモンの悲鳴が上がる。
肩口をつらぬかれて、傷にノイズが浮かびあがった。
見えない弾丸に撃たれた。
「目障りですね。ここは低スペックなデジモンがくる場所じゃない」
ドルゴラモンの〝ドルディーン〟だ。衝撃波を弾丸ほどに圧縮して狙撃したのだ。
「ティラノモン……!」
「ドルゴラモンは力強く精密だ。あのトカゲだけをねらってチリに変えるくらい、わけない」
究極体のターゲットになっただけで、ティラノモンは頭を抱えてうずくまり、震えて動けなくなってしまった。
「――いまので感じはつかめました。つぎは蜂の巣です!」
バババババババッ――!
続けざまに衝撃波がはじける。
ティラノモンは……無事だ。頭を抱えた姿勢で、びっくりした感じで顔を上げた。
そこに立っていたのは――炎。
太陽の色の魔炎をまとった魔狼の背中、かばった腕だった。
割って入ったソルガルモンが、〝ドルディーン〟の速射から身をていしてティラノモンを守った。
「痛ってぇえええ……!」
ソルガルモンは被弾した腕を押さえる。
ドルゴラモンは一瞬、動きをとめる。龍泉寺がとまどったからだ。
「理解できませんねエイジくん、その行動は……使い捨てのティラノモン1体を守るために、片腕を捨てるなんて」
だらり、とソルガルモンの左腕はさがったままだ。
ズタズタだ。1発あたりの威力は落ちているとはいえ〝ドルディーン〟の精密射撃を喰らった。
エイジは――
「おれのティラノモンに……」
「おれの子分に手を出すなッッッ!」
本能――ボスだから。
ソルガルモンのデジコアの奥底に刻まれた狼のデータが闘争本能を呼びさまし、群れのために、仲間のために、あらゆる能力を引きだす。
「地獄を見たことはありますか、だと……?」
「だったら見せてやるよ、リュゥセンジぃぃぃ……!」
ふたりは進化する。
生きることをともにする大切なだれかのため。
ほんとうのチカラを、エイジとルガモンは見つけたから。
――フェンリルガモン 究極体 魔獣型 ウィルス種
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo