DDLで龍泉寺教授を訪問中、部下のサツキから緊急報告を受けたユーリンは、警視庁にとって返した。
生活安全部サイバー犯罪課捜査第11係。
電臨区某所にあるデジモン犯罪対策チームの拠点は、騒然としていた。
「班長! おつかれさまです」
「サツキ……現状を」
ユーリンは部下と話しながら着席する。
「デジタルワールド、ウォールスラムにおいて大規模なクラッカーの活動を確認しました」
タブレットを手にサツキが報告した。
「大規模とは?」
「きわめて大規模です。膨大なトラフィックが流れこんでいます。参加しているクラッカーの総数は100や200では」
「…………! ひとつやふたつのクラックチームじゃないってこと?」
「はい」
「声明文は……? それほどの数のクラックチームが協調することは、まずないはず。目的はなに……主導しているのは?」
「こちらを」
サツキがタブレットを見せた。
動画が再生される。
――Sons of Chaos
混沌の子供たちのシュプレヒコールがひびきわたる。
「SoC……! クラッカー・タルタロスなのね」
伝説のクラッカーと名高い彼であれば、自分の組織だけでなく、主義主張の異なるクラックチームの連中をたきつけることも可能だ。
映像では、SoCの幹部たちのデジモンが総攻撃をしかけている。
場所は……ウォールスラム。
1体のデジモンがカットインした。
「ドルモン……!?」
――われわれは今日〝深層〟を目指す。
その声は、
(コースケ……!)
ユーリンにはわかった。クラッカー・タルタロスこと象潟講介の声だ。
――〝祭り〟だ。
その言葉にユーリンは後頭部をはたかれた気がした。
――今日、おまえが、この場にいたことを10年後も自慢させてやる。
後悔したくなければ、とっておきのデジモンをむかわせろ。
戦場は――
ウォールスラムの中心。
そこに〝門〟はある。
「ウォールゲート……! 〝深層〟にクラッキングするつもり……?」
ユーリンは息をのんだ。
「この喧伝映像にこたえて、すでにウォールスラムでは、クラッカーのデジモンによるウォールゲートへの無差別攻撃が始まっています」
「ふざけたことを」
ユーリンは唇をかんだ。
「多くは自動操縦……Botですが、なかにはA級、S級以上のマインドリンカーも多数」
「〝祭り〟って……」
「なんか燃えるものがありますよね、こう……」
サツキは拳をにぎってワッショイワッショイした。自分も参加したいとでも言いたげなノリだ。
「ふざけんな!」
ドンッ!
ユーリンはデスクを殴った。
「ひゃん! すいません、失言です!」
上司の剣幕にサツキは縮こまった。
「あなたに言ったんじゃないの……くそクラッカーどもによ! お祭り感覚で……ノリでデジタルワールドに過干渉されたら、たまったもんじゃない!」
「そ……そのとーりであります!」
サツキはなんとかフォローした。
「偵察は? 出してるの?」
「はい! モニタ切り替えます!」
デジ対指揮所、正面大型モニタに映像が入る。
ウォールスラム。
偵察専門の特殊部隊デジモン・シールズドラモンのカメラアイが、リアルタイムで現地を中継した。
「――こちら〝シールズ1〟……どうぞ」
「こちら本部……状況を伝えて」
シールズドラモンには隊員がマインドリンクしている。
「どうもこうも……ここは戦場です! とんでもない数のクラッカーのデジモンが、ウォールゲートを攻撃しています。ゲートを守備するゲートキーパーと交戦状態」
「SoCの連中は?」
「まだ、それらしい姿は確認できません。それから、もうひとつ」
「なに?」
「ウォールスラムの住人……デジモンたちも動いています!」
シールズドラモンからの映像には、クラッカーがあまり使用しない、さまざまなタイプのデジモンが映っていた。
彼らもまたウォールゲートにむかって進軍している。
「――聞いていたわね、リュウダモン」
ユーリンは腕のデジモンリンカーに触れる。
「……ござるよ。スラムのデジモンまで、たきつけたようでござるな」
リュウダモンがホロライズした。
ウォールスラムの住人は〝深層〟デジタルワールドを追放されてしまったデジモンだ。
彼らはリアルワールドと接触、異世界のデータに汚染されたために、二度とウォールゲートをくぐって〝深層〟に戻れないでいる。もちろんデジ対やクラッカーが使用しているデジモンも同様だ。
「ウォールスラムのデジモンが、クラッカーの……人間の扇動に乗るものかしら」
「それは場合によりますが……拙者のようにリアルワールドと人間に興味がある者、スラムにて地位を築いた者などはともかく、国元……ただ〝故郷〟に戻りたいと願う者は大勢いるでござる」
「…………!」
「ましてやSoCのドルモンはウォールスラムの街区ひとつを束ねるボスだと聞きます。住人を扇動することはたやすいでしょうな」
リュウダモンの助言を聞いて、ユーリンはマイクで11係の全員に告げた。
「ウォールスラムにおける今回の暴動を扇動しているのはSoC――クラッカー・タルタロスだと思われる。その目的は〝深層〟へのクラッキングと侵入だ。万一にもウォールゲートが突破されるようなことがあれば……デジタルワールドに致命的な異変が生じかねない。われわれデジ対の目的は、クラッカーによるデジタルワールドへの過干渉の阻止!」
統括すると、ユーリンは手早く指示した。
「――11係、総員出動準備! D型装備で出る!」
「おっと新型ですな」
サツキがニコッと笑った。
「メンテ中のカーゴドラモンもすべて出して。私とサツキ、A級以上の者はマインドリンクで出る」
「了解」
サツキは自分の席に戻るとデジモンリンカーをセットアップした。
「お祭り気分のクラッカーどもに、お灸をすえてやる……! SoCのリーダー……ドルモンおよびその進化タイプを発見した場合は、手を出さず私に連絡を! 警察ナメんな、あのズボラ男……!」
シートをリクライニングさせると、ユーリンはデジモンリンカーに触れた。
彼女の意識はリュウダモンとともに――
ウォールスラム中心部。
火山の噴火口を思わせる、せりあがっていく街の中心にある窪地に〝門〟がある。
ウォールゲートは戦場と化していた。
クラッカーが放った大量のサイボーグ型デジモンがゲートに集まっていた。
それらのデジモンを、ゲートにつめている門番――ゲートキーパーが迎撃している。
ロイヤルナイツとは比較にならない低スペックとはいえ、彼らもまたデジタルワールドのシステムが配置した、セキュリティウォールの一角をなす存在だ。
「――やぁ、壮観壮観」
爆発と火花、赤く灼けたネットワークの海をあおいで。
エアドラモンのかたわらで、ホロライズしたマーヴィンはニヤリと笑った。
クラッカーたちのデジモンは、はやりのエスピモンなどサイボーグ型が目につく。
数だけなら数千、まさに雲霞(うんか)のごとく。初心者クラッカーはとくに、祭りといえば冷やかしで参加したくなるものだ。
マインドリンクできない、データを解析する趣味もない彼らは、このウォールゲートでなにが起きているのかリアルタイムで把握することはできないだろうが。
ノリだ。ノリしかない。
「スラムのデジモンたちも、思ったより動いたね」
ドルモンがつぶやく。
「おまえのところの住人と、エイジの……〝9番街の魔狼〟のおかげだな」
リーダー・タルタロス――ホロライズしたコースケは戦況を見つめた。
ウォールスラムでは高台ほどバラックのような粗末な建物だらけになる。ゲートに近いほど危険ということで、スラムのなかでも劣悪な地域だ。ゲート周辺は噴火口のように荒涼とした岩場で、だれも住んでいない。
ここまでゲートキーパーにけどられず接近できたのは、クラッカーとスラムのデジモンたちによる陽動があったからだった。
「聞こえるかエイジ、ルガモン」
コースケはチャットを飛ばした。
ややあって声が返る。
「――タルタロス?」
「首尾は上々。よくやってくれたエイジ。いま、どこだ」
「まだ地下鉄……あとどれくらいかかるかな、ルガモン」
「もうすぐ終点だ。そっからは走る」
9番街のデジモンたちを動かしたのはエイジとルガモンだった。
「なるべく急げ。もう、この流れはとまらない」
「9番街の……うちのデジモンたちには、テキトーなところで切りあげるように言ってある」ルガモンが言った。「もっとも、よその街区のデジモンまで結果的に扇動しちまったからな。コントロールはできない。本気でデジタルワールドに帰れると信じて、ゲートに殺到しているやつらもいるはずだ……おい、ドルモン! これでよかったのか?」
「いいもわるいもない」
ドルモンが答えた。
「あぁ?」
「これはウォールスラムの革命だ。いまを変えるための」
「とにかく! もう少しかかるから! チャットもノイズが多くて……!」
エイジの声はとぎれとぎれになる。
「幹部チャットはずっとひらいておけ。では、あとでな」
コースケはいったんチャットを終えた。
「リーダー! 来たぞ!」
幹部のひとりが声を上げた。
「どっちだ」
ゲートキーパーか、それとも……。
「デジ対だ!」
ウォールスラムの上空に機影――カーゴドラモンの編隊が降下してくるのが見えた。
カーゴドラモンの編隊が上空からアプローチポイントを探る。
「高度を下げて」
ユーリンは後続の機体に乗ったサツキに声を飛ばした。
「はい……でも、あんまり低いと流れ弾が……」
「カーゴドラモンの装甲なら耐えられる。とにかくSoCのクラッカーどもを捕捉しないと……」
11係は警察。
ユーリンは警察官。思想、デジタルワールドとデジモンへの個人的な思いはどうあれ、求められる行動はひとつだ。
過激派クラッカーによるデジタルワールドへの過干渉の阻止、および不正行為の摘発。
「いよいよだね」
ドルモンは戦場のウォールゲートを見わたす。
「今日までありがとう、ドルモン」
「ん」
「今日が最後の日だ。そしてこの最後を、始まりにつなげよう」
ドルモンのひたいのインターフェースをなでると、あらためて上空――ネットワークの海からせまりくるデジ対のカーゴドラモン編隊をにらむ。
「探しているね、なにかを」
カーゴドラモンの挙動からドルモンが察する。
「われわれを、さ」
「では、進化を」
「そうだ……全力であたらねばならない。でなければ彼女たちを制することはできない。それでも罠にかかった獲物は……ユーリン! リュウダモン! きみたちだ……!」
――迎えにいくよ、サヤ。黒いアグモンを。
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo