DIGIMON 25th PROJECT DIGIMONSEEKERS

-NOVEL-

CHAPTER2
Hacker Leon:WWW Airlines flight626

Chap.2-5

 猛威をふるっていたマーヴィンのメガドラモンが、煙を吐いて停止していた。
 パワーの象徴であるサイボーグの両腕は、だらりと下がったまま深い傷を負っている。
 斬られたのだ。

 〝二刀勢雷(にとうせいらい)〟!

 その二刀流は、すべての敵をなぎ払う。
 X国の防衛部隊か……? ルガモンは乱入した敵を探した。
「マーヴィン……おい!」
 エイジが呼びかけるが、返事がない。
「まずい……メガドラモンのやつ、ダメージで停止している。マーヴィンのおっさんとも交信できないぞ」

 マインドリンク時、ホロライズでデジモンの外に出ない限り、デジコアのなかは安全だ。デジコアが損傷しない限り、人間が直接ダメージを受けることはない。
 だが、ダメージをうけるなどしてデジモン自体が気絶、一時的にでも機能を失ってしまうと、マインドリンクした人間の意識は、パートナーデジモンはもちろん外部とも連絡がとれなくなってしまう。

新人!」
 そこにボイスチャットが割りこんできた。
 作戦に同行していたSoCの別チームのペアだ。彼らも防衛部隊を突破して、ここで合流してきた。
「ムゲンドラモン……!? まだ捕獲してないのか」
「おい……マーヴィン!」
 SoCのペアは、すぐに停止状態のメガドラモンに気がついた。
「不意討ちでメガドラモンがやられた! マーヴィンとは交信できない!」
 エイジは手短かに状況を告げた。
「まさか、あのマーヴィンを……!」
「防衛部隊は、おれたちでひきつけたはずだが……」
 SoC幹部のペアは面食らった。
「X国の防衛部隊じゃないなら……まさかデジ対?」
「いいや警察じゃない。ここは外国だ」
 エイジの言葉をSoCの幹部が否定する。
 越権行為だ。もし日本警察がX国のサーバにハッキングをかけたとあかるみに出れば、国際問題になる。おおっぴらにやるのはリスクが高い。
「とにかく敵は究極体らしい! 気をつけ……なんだ!?」

 ノイズ……雲?

 なにもなかったはずの空間に、もやっとしたなにかが生じたと思った直後、

 バババババッ!

 エイジたちのデジモンは格納庫の壁に吹き飛ばされた。
 衝撃電流またしても、はげしい放電現象が格納庫をつつんだ。
 紫電の雲からいでしは、雷の化身。

 カヅチモン!

 両手には稲妻ほとばしる対の刀。
 衣と、しめ縄を思わせるベルトを巻いた姿は、日本神話の雷神その名の由来であろうタケミカヅチをイメージさせた。
「あいつはヤベえ……!」
 ルガモンが身震いした。
 感じたプレッシャーは、そのままマインドリンクしたエイジに届く。

 一騎当千。
 荒ぶる刀。修行により肉体と精神を限界まで鍛えあげた究極体デジモンだ。

「究極体カヅチモン……!」
 エイジの意識は震えた。
 完全体の、その上。
 究極体とは、デジタルワールドにあっては神の化身にたとえられるほどのチカラを有している。
 X国のムゲンドラモンも究極体なのだが……うまく言えないが、違うのだ。
 ムゲンドラモンのように特別、巨大なわけではないカヅチモンから、それ以上のプレッシャーを感じる。
 これが、これが真に生きている究極体……!
「究極体カヅチモン……! おれたちが知る限り、あれを使うやつはひとりしかいない……!」
 SoC幹部のひとりが言った。
「知ってるのか、あいつを?」
「あいつは……ハッカー」声をつまらせて。「ハッカー・〝ジャッジ〟だ……!」

 フッ! フッ!

 究極体カヅチモンが対の刀を振るう。
 その切っ先は稲妻の軌跡をえがき、ジグザグにあたりの空間を斬り裂く。
「ハッカー・ジャッジ……!?」

 ハッカーとは
 クラッカーと対立する者というポジションは警察などとおなじだ。
 ただ、警察が法律にのっとって捜査権、逮捕権を行使する公務員であるのに対して、ハッカーは民間人という立場はクラッカーと変わらない。
 いわばネットの自警団だ。スラングでいうなら自治厨、正義マン。クラックチームの理念がネットワークの自由であるなら、それに反対する人間もいるということ。

 ハッカーの理念は〝正義〟だ。

 正義とはハッカーそれぞれが考える、あるべき姿。要するにクラッカーにいわせれば、ハッカーというのは話が通じないやっかいなやつらだ。
 仮想モニタに、ようやくとらえたカヅチモンのデータが表示される。
「ML……! ルガモン、あいつも……!」
「究極体の能力を100%引きだすにはマインドリンクが必須のはず。あのハッカー野郎、そうとう深く意識がもぐってやがるな」

 バギギッッ……!

 そのときだった。
 格納庫に磔になっていたムゲンドラモンが、自分で腕の拘束具を壊した。
 もう片方の腕も、脚もメガドラモンの攻撃で、すでに拘束具は用をなさなくなっていたのだろう。
 コントロール不能。
 もし、このままムゲンドラモンが外部ネットワークに現れでもすれば……!

 かわいそうに。

 カヅチモンから声がした。
 それは……マインドリンクしたハッカー・ジャッジの声なのか。
「…………?」
 かわいそう、と言った意味がエイジにはわからない。
「きみは罪を犯しすぎた。それが、たとえきみの意思ではなかったとしても、罪は裁かれなくてはならない」
 カヅチモンジャッジが語りかけているのはムゲンドラモンだった。
 初めから彼はムゲンドラモンしか眼中になかったのだ。
 エイジは……嫌な予感がした。
「まさか!」

 バリバリバリバリバリバリ……!

 カヅチモンは、小さな点状のかがやく弾を作りだした。
 充電している。
 電気エネルギーを時間的に圧縮、さらに空間的にも圧縮することで、そのエネルギー密度は瞬間的には全世界の消費電力に匹敵する。パルスパワー小さな太陽のコアにもたとえられる核融合級のパワーだ。
 そうして貯めた電荷エネルギーを、寸秒、ナノ秒単位で撃ちだす。

 最終奥義・〝神電召雷光(しんでんしょうらいこう)〟!

 見えた者はいない。
 ただ直後、瞬いたあとには、ムゲンドラモンのメタルボディがえぐれていた。
 深くデジコアに達した雷弾は、すべてを灼きつくし塵と化してムゲンドラモンをつら抜いた。

 咆哮。

 ムゲンドラモンの断末魔だった。
 格納庫とデータサーバを巻きこみながら、ネットワークの裏の歴史に名を刻んだデジモンテロの主体が、データを損壊しボロボロになってくずれおちていく。
「デジタマにおかえり。願わくは、つぎは、わるい人間に捕獲されないことを祈るよ」
 ハッカー・ジャッジは国家機密級デジモンの最後をみとる。

カヅチモン

 これが雷神、究極体

 カヅチモンが振りかえった。
 それからクラッカーたちを見すえる。
 SoCの幹部たちすら、その視線だけで動けなくなった。
 エイジは……状況を確かめる。
 メガドラモンは格納庫の床に横たわっていた。まだ気絶したままで、マーヴィンの状況もわからない。
(マーヴィン……! やばいな、時間が)
 メガドラモンは、ムゲンドラモンを攻撃するときに大技を連発した。たとえ熟練のマーヴィンであっても、完全体のままではマインドリンクのリミットが近づいているはず。
「さて、SoCの諸君」
 ジャッジは意識をエイジたちにむけた。
「あいつ、おれたちのことを知ってて……!」
 ルガモンがうなる。
「今回は、きみたちSoCの作戦にタダのりさせてもらった。おかげで、きわめて効率的にテロ支援国家をつぶすことができた。デジモン犯罪の大きな原因のひとつだったムゲンドラモンを無力化、これでX国のサイバー戦争能力は事実上、壊滅したはずだ」
 感謝する。
 ハッカーは、のうのうと言ってのけた。
「…………! 横から獲物をかっさらいやがって……!」
 エイジはむかついた。
 SoCにスパイとして潜入している身ではあったが、自分の仕事に横入りでケチをつけられたのは腹が立った。
「感謝はするよ。ただ……ぼくはハッカーだ」
「!?」
「ゆえにクラッカーは許さん」
 即、斬る。
 ハッカーは信じる正義にのっとって、判じ、迷いなくすべての行動を決めるのだ。

 撤退だ。

 声が飛んだ。
 エイジにだけ呼びかけるルガモンの内なる声だった。
「ルガモン……?」
「SoCの作戦は失敗、大失敗。ハッカーの究極体は想定外。マーヴィンのおっさんは、あのザマ。さぁ、どうする」
 ルガモンはエイジに決断を求めた。
「…………」エイジは2秒、考えた。「逃げる。ここにいる意味がない」
「よし」
「でも、マーヴィンを助ける」
 エイジははっきりと主張した。
「SoCの幹部だぞ……? おまえはスパイだ。仲間でもなんでもない」
「だけどさ……! マーヴィンにはツールをもらったし、いいやつだし、いろいろ教わりたいんだ。だから……」
 エイジはSoCの幹部たちにチャットを飛ばした。
こちらエイジだ! 作戦は失敗! おれらでハッカーを引きつけるから、マーヴィンを回収して逃げろ!」
「わかった……だが、できるのか? 相手は究極体……」
「時間がないんだ……! いくぞ、ルガモン」
 エイジたちは、あえて敵の前に身をさらした。
 SoCの幹部ペアが倒れたメガドラモンに寄り添う。
 本来ムゲンドラモンに使用する予定のツールで、メガドラモンの回収を試みる。
「…………」
 カヅチモンが対の雷刀を下した。
 電気のスパークがしずまっていく。
「リーダー・タルタロスは」ハッカー・ジャッジが言った。「自ら指揮した作戦では、決して仲間をロストさせないという話だったな。その評判も今日、ここで地におちるだろう。ぼくが逃げるきみたちを、だまって逃がすと思うか……? ここがSoCの伝説の墓場になる」

 バウトモン 完全体 獣人型 ワクチン種

「完全体に……?」
 ここで進化ではなく退化ダウングレードとは。
 エイジは相手の思惑を探る。
「やっかいなメガドラモンと幹部マーヴィンはつぶした。ムゲンドラモンを破壊したいま、残りは、この姿で充分」
 バウトモンは格闘家の技術をラーニングしたデジモンだ。見るからに肉弾戦が得意そうな姿をしている。
「おれたち、ナメられちゃってる……?」
 エイジは内心むっとした。
「格落ちったって完全体だぞ。むこうにもマインドリンクのリミットはある。腹が立つほど冷静なんだよ、あのハッカー野郎は……だが」
「ルガモン……」
「エイジ……おまえのいうとおり、おれたちをナメてるならチャンスだ」
「…………! よしっ!」エイジは仮想モニタでパラメータをチェックした。「ルガモン、進化だ! 即、かますぞ

 ルガルモン 成熟期 魔獣型 ウィルス種

 ルガルモンは間髪入れず、自ら炎のカタマリとなってつっかけた。
 メガドラモンをねらっていたバウトモンは、横あいから、まったく想定していない速度とパワーの攻撃を食らう。

 〝フレイムブロウ〟!

 体当たりを受けて、バウトモンが大きくはじかれた。
 膝ブロックでガードしたが、距離をとらされる。
「…………!?」
 バウトモンは、あきらかにとまどった。
 ガードしたはずの膝のあたりで、炎が未だにくすぶり続けている。
 消えない魔炎は、じりじりとダメージを与え続ける。
 そのあいだに、SoCの幹部ペアがメガドラモンをツールで回収した。
「おのれ……」
 ジャッジはルガルモンの存在を無視できなくなる。
 成長期から、成熟期に進化。
 狼の四肢の筋肉は盛りあがり、ブルーグレイの体毛を、飾り羽を思わせる赫き魔炎がふちどっていた。

 〝ハウリングバーナー〟!

 魔炎の咆哮。
 収束する熱線をバウトモンは防ぐ。だが、またしてもガードした腕に魔炎がまとわりつく。
「よけるしかないのか、この炎は……! このデジモンは……ルガルモン……?」
 ジャッジはうなった。
 エイジは、ヒット・アンド・アウェイで一撃離脱の攻撃を続ける。
 相手は見た目どおりの格闘タイプだ。距離をおけば攻撃は届かない。
「そんなにのんびりしてるヒマもねーだろ? 格闘家さん」
 エイジはあおった。
 ハッカー・ジャッジの実力は未知数だ。
 タイムリミットにしても、減っているのは確かだろうが、あと何分、何十分とはっきりわかるわけではない。デジモンとの相性によっては、まだまだ継戦能力があるかもしれない。
「…………」
「究極体で大技を何発もぶっぱなしたんだ。あんたがどんなスゴ腕のハッカーでも、マインドリンクの残り時間は多くはないはず。多くはないからこそダウングレードして時間を調整したんだろ」
 対するエイジたちは、ずっと成長期のままだった。時間という点だけは優位に立てている。
 そもそも、ここで勝たなくていいのだ。マーヴィンの脱出のために時間を稼ぐだけだ。
「総員撤収! エイジ、おまえも急げ!」
 オープンチャットで声が上がった。
「マーヴィン……!? よかった!」
 回収ツールを装着したメガドラモンが意識を取りもどし、マーヴィンとのチャットがようやく回復したのだ。
 SoCのメンバーたちは、すでに格納庫から離脱しつつある。
「エイジ……?」
 ジャッジがけげんそうに反応した。
「ハッカー・ジャッジ!」マーヴィンが叫んだ。「ムゲンドラモンのことは、でかい貸しだ……いずれ、かならず返してもらう。SoCを敵にまわしたことを後悔するぞ!」
「ふん……負け犬の遠吠えだな、〝ソングスミス〟マーヴィン」
「このオトシマエはつけるぞ……〝ジャッジメント〟レオン!」
 満身創痍のメガドラモンのなかでマーヴィンが叫びかえす。
「レオン……?」
「エイジ! あいつ、また……」
 ルガルモンが言ったように、バウトモンはふたたびダウングレード、一気に成長期まで姿を戻した。

 パルスモン 成長期 獣人型 ワクチン種

 潮時、そう判断したのだ。
 ハッカーにしてみれば、第1目標はムゲンドラモンの破壊だった。それは達成された。
 その妖精のような、火花をちらす成長期デジモンの姿に、エイジは……なぜか見覚えがあった。
 昔…………

 エイジにだけ見せてあげる。ぼくが預かった宝物……大切なトモダチなんだ。

 そう、まだ小学生のころだ。
 思いだした。
 エイジはあのデジモン、パルスモンを、親友に、こっそり見せてもらったことがある。
 もちろんそのときは、デジタルワールドのこともデジモンのことも、なにも知らなかったが……。
「パルスモン……」エイジは知っていた。「まさか、レオっち……!? レオン・アレクサンダー?」
 エイジは、居ても立ってもいられず、自らホロライズした。
 ルガルモンのかたわらに立って、自分の姿を相手に見せる。
「…………!」
 その呼びかけに、パルスモンのなかのジャッジもまた、あきらかに態度を変えた。
 ホロライズ。
 パルスモンのかたわらに現れたハッカー・ジャッジは金髪碧眼の。
 エイジの思い出のなかの、華奢な女の子みたいだったイメージとはぜんぜん違う、精悍な青年だった。
 でも、確かに……面影はある。
 彼はエイジの幼なじみ以外ではあり得ない。
「レオっち……」
「エイジ……やはりナガスミ・エイジなのか……!?」

 アラート。

 増援のX国防衛部隊の接近を告げる警告が鳴りひびいた。
 回収ツールに乗せられたマーヴィンとメガドラモン、SoCの幹部ペアは格納庫から離脱した。
 エイジは、しかし眼前のハッカーとデジモンから目がはなせなかった。
「レオっち……!」
「エイジ……なぜ、きみがクラッカーなんかに! くっ!?」
 着弾。
 ようやく事態を把握したのだろう。X国防衛部隊の攻撃がパルスモンの周囲に降りそそぐ。

 電光石火

 パルスモンは稲妻となってすべての攻撃をかわし、緊急離脱した。そのスピードは目にも止まらず、だれも追いつくことはできない。
 格納庫がくずれおちていく。
「レオっち……レオンが、ハッカー……?」
「あのジャッジとかいうハッカーが、おまえのなんなのかは知らんが……ここは、しまいだ! 逃げるぞ!」
 ルガルモンがはきだした魔炎の防壁が、防衛部隊の行方をふさぐ。

 エイジとルガルモンはX国データサーバから撤退した。

キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo

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