アバディンエレクトロニクス・電臨区デジタルラボ。
緊急の連絡をとったエイジは、さっそくDDLに出むいてオフィスで泣きついた。
「教授~! 龍泉寺教授~!」
「おはよう、エイジくん」
もう午後だったが、龍泉寺はいつも「おはよう」というタイプらしい。
「なんなんですか、このデジモンは!」
デジモンリンカーの画面でルガモンが昼寝をしていた。
おなかがいっぱいなのか、いい夢見てそうだ。
「育成は順調のようじゃないか。進化するのがたのしみだね」
龍泉寺はにっこり笑った。
デジモンは成長に応じて姿形をかえていく。
デジタマ>幼年期(Ⅰ・Ⅱ)>成長期>成熟期>完全体>究極体
たとえば昆虫が、卵から幼虫、蛹(サナギ)、成虫となるように。
ちがうのは、おなじ個体が、まったくべつのデジモンに変化していくこと。だからデジモンの成長のことを、学術的にはあえて〝進化〟と呼称している。
「――成熟期に進化すればインセンティブを支払うよ」
「インセンティブ……追加報酬!」
「完全体、まさかの究極体ともなれば、もっとはずむ。ルガモンは、どんなデジモンに進化するのかなぁ。エイジくんとルガモンの、カッコいいとこ見てみたいなぁ」
龍泉寺はわかりやすくエイジを応援した。
「見てみたいなぁ……じゃなくて! 札束の暴力で話の腰を折らないでくださいよ、わるい大人だなぁ」
「ふむ」
「見たでしょ、昨日送った育成レポート!」
エイジは抗議した。
「私のメールボックスには毎日、数百数千もメールがくる。実は、ほとんどひらいていないんだが」
龍泉寺はぬけぬけといった。
「そんなの、ぜんぶチェックしてたら日が暮れますね……」
「そのとおり。私は研究者で、研究以外にさく時間はない。でもね……エイジくんからの連絡だけは通知をつけてチェックしている」
「なんだか胸がきゅーんとします」
エイジは自分の胸をだきしめた。
「エイジくんは、私の大切な仕事相手だからね」
教授は、こういうところが憎めない。というか好きになってしまう。
デジタルワールドの世界的権威が、クラッカーのワカゾーでしかないエイジを仕事相手だといってくれる。
エイジの報告書をモニタでひらくと、龍泉寺は添付された動画ファイルを再生した。
――ルガモン 成長期 魔獣型 ウィルス種
仮想育成ケージだ。動画の日付は昨日。
ルガモンがエサを食べている。
デジモンは、エサを食べないと成長をやめてしまう。だから空腹になると本能的にエサを食べつづける。
AIに食事とは奇妙なようだが、エサとはようするにデータであり情報だ。人間だって本を読んだり動画を見たり、勉強して情報を得なければ、いかようにも成長しないだろう。
ルガモンのまえには、なぜかエサの皿が4つ。
ケージのすみでは、多頭飼いしている3頭のティラノモンが、どうしたことかガクガクふるえていた。
「――ティラノモンでは3体いても手にあまるか」
龍泉寺は興味深そうにチェックした。
「ティラノモンは成熟期なのに。ひとまわり下の成長期のルガモンに、こんなふうにされちゃうなんて……」
「ルガモンは魔獣型、なかでも狼のデータにつよい影響をうけている」
龍泉寺が説明した。
「狼……あれ、犬じゃなかったんだ」
エイジは頭をかいた。
「犬といえば犬だが……より原始的、狼を飼いならしたものの子孫が犬だね。いずれにしても群れをつくりボスがいる。群れのなかでの順位づけにきびしい」
「じゃ……おなじケージで飼ったから? ルガモンのやつティラノモンを……子分にしちゃったってこと!?」
「そのようだね。エサは、もちろんボス優先だ」
龍泉寺は、なぜだかほほえんでいた。
「だからって他人のエサまで食うかって、この、くいしんぼう! なんならさいしょティラノモンごと食おうとしてたんですからね、こいつ!」
「ほう! それは興味深い。まさに巨神さえ食らうという神話の魔狼のごとくか」
「さすがにホラーすぎて動画にはしてねーわ……つか、こいつエサ食いすぎ! コスト重すぎ! ウンコもしすぎ!」
「…………で」
「はい?」
「なにか問題があるのかね」
龍泉寺に逆に質問されてしまった。
なるほど……。
天才研究者にとって、これだけでは興味深いということでしかない。
エイジはひと息ついた。
「ルガモンをベンチマークにかけた結果が、つぎの……そのデータです。たしかに並の成長期のスコアじゃない」
「ふむ」
「ところで教授……ルガモンのおでこのやつ、なんなんですかね。これ……」
エイジは動画を一時停止、ズームした。
ルガモンのひたいから鼻にかけて面甲、プロテクターがついているのだが。そのひたいの部分に、かがやく宝石のようなものがはめこまれている。
「――なんか気になるっていうか。光ったりするときもあるし」
「なんともいえんね。だがエイジくん、きみの着眼点はするどい」
「でしょー」
「使用感は? もう、つかってみたんでしょ」
「ピーキーすぎてAIツールとしての性能は評価不能です」
エイジは保留した。
「つまり?」
「ツールのコマンドが通らないっていうか……いうこときかないんですよ、こいつ! 仕事どころか、おさんぽもできないっていう。そういえば昔、飼っていた犬も、さんぽのとき好き勝手にぐいぐい行っちゃうタイプだったけど」
「…………。そだてる自信がない?」
「まさか! そだてますよ仕事だし……ルガモンに興味あるし! ぜったい進化させてみせます!」
「ホロライズしてみて」
龍泉寺がいった。
エイジはデジモンリンカーでコマンドをえらぶ。
ねむっていたルガモンが、そのままホロライズした。
もっさりして、おっきい。
成長期のデジモンは、もちろん種類にもよるが、だいたい体長1メートルほどのサイズ感だ。
ルガモンもハスキー犬とか、それこそ小型の狼くらいのおおきさ。デジモン自体がずんぐりむっくりしたフォルムなので、室内にいると存在感がある。
毛なみはブルーグレイ、蒼き狼だ。瞳はレッド。
できるものなら、もふもふしてみたい。
「そのデジモンリンカーは24時間、エイジくんの生体情報をチェックしている。ルガモンの育成情報とあわせてデータを検証したのだが……実にっ!」
龍泉寺はおおきな声をあげた。
「わっ? びっくりした」
「実にすばらしい!」
龍泉寺は大絶賛だ。
「? いきなりほめられた」
「この数値を見たまえ!」
龍泉寺は評価レポートを表示すると、興奮して画面を指さした。
「〝DS値〟……? てか、読めないですけど」
数値にブラインドがかっている。クラッカー界隈でも聞いたことのない用語だが……。
「それはD4」
「あ、機密」
「私が設計した、デジモンとの相性をしめす、ひとつの指標だ。エイジくん……きみとルガモンの相性だけは、すでに一流のクラッカーにもひけをとらない」
「まじで……!」
エイジは床で昼寝をしたままのルガモンを見た。
「きみに仕事をたのんだ私の目が、節穴でなくてよかった」
「てことは、おれとこいつ……ルガモンは、いますぐ進化できたりするんですか!? 成熟期……完全体、究極体に!」
「それはわからない」
「なんで?」
「DS値は、あくまでもポテンシャルをしめす指標だ」
「つまり可能性はあるんだ……!」
エイジはすっかり、その気にさせられてしまった。
デジモンとの相性……。
エイジは、そんなこと、あまり考えたことがなかった。
もちろんデジモンが、ツールとして自分がつかいやすいかどうかはあったけど。
「おれって……ティラノモンとか、あるていど、みんながつかってるデジモンしかさわってこなかったんですよね」
クラッカーのあいだでデジモンが普及しているほど、ツールの調整がしやすい。聞いてパクればいいからだ。ちかごろはサイボーグ型が流行のようだが。
「これまでデジモンは、どこで入手していたのかな? GriMMかい」
「はい。日本では半分、非合法ですけどね」
「合法な国もあるからねぇ。ネットワーク……デジタルワールドには国境も法律もない」
「それ! 〝デジタルワールドに国境はない〟」
「エイジくん……きみは、それが、だれの言葉が知っているのかい」
龍泉寺が質した。
「…………」エイジは返事につまった。「だれっていうか……みんな? GriMMのクラッカーの決まり文句ですよね。由来とかあるんです?」
その返事に、龍泉寺は役者みたいに肩をすくめた。
「エイジくん、きみの職業は?」
「クラッカーです」
「では〝クラックチーム〟を知っているね」
挿絵イラスト:PLEX