クラッカー・ファングこと永住瑛士は、クライアントであるアバディンエレクトロニクス(AE社)・電臨区デジタルラボ(DDL)の龍泉寺教授をおとずれた。
そこで最新型デジモンドック・デジモンリンカーとともに1体のデジモンをうけとる。
駅前の店で牛丼肉盛り温玉付きをテイクアウトすると、エイジはひさびさに気分よく家路についた。
チーン
仏具のリンを鳴らす。
ひとりぐらしの極狭ワンルーム(3畳)ロフト付に家具調の仏壇、ローソクはLEDだ。火事になるから、ふだん線香はあげない。
「はい、ただいま。とーちゃんかーちゃん、じーちゃんもばーちゃんも」
ついでに犬も。
操出の位牌には家族の札がいっしょに入っている。なぜか昔、飼っていた犬のぶんもある。
手をあわせると、エイジは座卓でひとり夕食をとった。
腕のデジモンリンカーを見る。
「見たことないデジモンだよなー、おまえ」
ルガモン。
カラー画面では犬っぽいデジモンがまるくなっていた。
――このデジモンを育成してほしい。
龍泉寺からの依頼は、いたってシンプルだった。
GriMMをのぞけば、デジタマ育成の仕事はすぐ目につく。
ペットでいうならブリーダー。
一種の学習型AIプログラムであるデジモンの成長は、誕生からの行動パターンがおおきく関係するという。であればデジモンをあつかう専門家のクラッカーが、ブリーダーをかねることもあるわけだ。
――私の研究に関心があるなら。ルガモンとの出会いは、きみにとって非常に興味深いものになるはずだ。
「あの龍泉寺教授にそこまで期待されたら、やるしかないでしょ!」
人生で、こんなに興奮したことはなかった。
とにかく、あの人についていけばまちがいない。
とはいえエイジは、デジモンの育成経験はあまりなかった。
「ティラノモンが3頭いるけど、やっていることはツールの調整……チューニングだしな。それも育成といえばそうだけど」
座卓に手もちのデジモンドックをならべる。
モノクロ液晶画面にドット画のティラノモンが映っていた。格納しているのは、手のひらにおさまるサイズのドックだ。
このタイプはスペックとしては旧式だが、設計図が出まわっていて、パーツが比較的手に入りやすく自作しやすい。GriMMのクラッカーむけショップでは専用筐体、完成品が取引されていた。エイジもいくつか所有している。
「納品用のドックは、教授がメモリ領域が壊れてるとかいってたっけ……パーツ交換だな。まぁ、デジモンリンカーがあるからいそがなくていいか」
腕にまいた新品のデジモンリンカーを見て、エイジは思いだしたようにニンマリした。
このルガモンは、エイジにとってまるで幸運の使者だ。
大切にしないと……そう思えてくる。
「――にしても、シャワーのときも24時間デジモンリンカーをつけたままにしろって、どういうことだろ……?」
完全防水、抗菌仕様なので問題はないようだが……。
エイジがあたらしいガジェットの操作をおぼえる2、3日のあいだにも、ルガモンは成長した。
デジモンリンカーでエイジの鼓動を感じながら、すくすく育つデジモン。
「なんだか胸にいだいてそだてた、わが子って感じ~」
エイジは腕時計のなかのデジモンをいとおしく見守った。
デジモンの成長――進化は体系づけられている。
デジタマから孵化すると、まず幼年期のステージにすすむ。
これはデジモンの赤ちゃんだ。まだ学習できておらず、すぐにはツールとして有用につかえるわけではない。
ふつうは、この幼年期の段階からデジモンの育成がはじまるのだが。ルガモンはすでに、つぎのステージである成長期だ。
エイジはGriMMでブリーダーむけの質問を飛ばした。
もちろん龍泉寺からの仕事のこと、ルガモンのことはいわずに、一般的な「犬っぽい」デジモンの育成法について……。
そもそもルガモンのことは、GriMMを検索してもまるでHITしなかったのだ。
「AI学習用プログラム、トレーニングプログラム……いろいろあるんだな」
ちょっと、めんどくさいかも。
いまになってエイジは後悔しかける。
「ペットを飼うとか、いつ以来だ。ガキのころ飼ってた犬が死んで以来か」
――デジタルワールドのありさま、デジモンのありさまを、この目で、じかに見ること。仮想モニタと観測データではない、人間の五感で直接デジタルワールドを、とらえること。
龍泉寺は、そんなすごい研究をしている先生だ。
「そんなことができるなら見てみたいな。おれも、龍泉寺教授が見ている世界を。デジモンが生きている世界……かぁ。ルガモン……おまえをそだてれば、完全体や究極体まで進化すれば、なにかがかわるのかな?」
リアルワールドとデジタルワールドの〝軛〟をこえる。
龍泉寺がいっていたように、そんな超一流のクラッカーになることができたら。
通知が飛んだ。
スマホを手にとる。GriMMでの質問について返事がきたようだ。
――ファング、デジモンの育成デビューおめでとう!
成長期から育成するなら、ほかのデジモンといっしょに多頭飼いがおすすめ。
2頭以上でいれば、勝手に遊んで、どんどん学習してくれるからね。
「なるほど、デジモンの多頭飼いか! さすが集合知!」
エイジはさっそくティラノモンのドックとデジモンリンカーを接続した。
最新型デジモンリンカーには充分すぎるほどの容量と処理能力があった。ルガモンを、ティラノモンたちといっしょにしておけばいいだろう。
でも……エイジはうっかり、その回答のつづきを読んでいなかった。
――デジモンによっては、犬とおなじで群れの順位づけにこだわるから。
しつけは最初が肝心だよ!
そうして……。
数日後、たいへんなことになってしまった。
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo