デジタルワールドにおいてデジモンを入手する方法は、おおきくふたつ。
ひとつは、ツールを駆使してデジモンを捕獲すること。
もうひとつはデジモンのタマゴ――デジタマを採取することだ。
タマゴといっても鳥や魚の卵とは、ちょっとちがう。
まず、現在の定説としてデジモンには性別がない。♂♀がない。
では、どうやってデジモンが誕生するのかといえば、これも定説ではデジタマから産まれる。
デジモンは死ぬと、その魂(タマシイ)ともいうべきデータをのこす。
そうしてデジタルワールドのどこかに、また、あらたなデジタマとしてよみがえるのだという。
まるで輪廻転生を思わせるが、デジモンの生態はわからないことだらけだ。
人類は未だに、デジタルワールドのほんの一部しか知らなかった。
明けない夜はある。
どこまでも、いつまでもつづく薄暮、黄昏の空。いいや空のように見えるのはネットワークの海、雲のように見えるのはウェブの波、流れ星は情報のストリーム……ここは宙の水底。ゆらめく淡い光は、はるか海面の上にあるリアルワールドからもたらされている。
ネットワークの世界は冴えわたり美しく。
けれども何者かが生きている世界は、例外なく、どこかしら壊れよどんでいた。
錆鉄の雨がふりしきり、風は血の臭いがして。
化学物質の刺激臭をただよわせる汚水が、泡立ちながら押しながされていく。
ドブ川……どころではなかった。
鉱毒がながれる封鎖都市もかくやと――ところどころ奇妙な蛍光色でかがやく、得体のしれないゴミデータをかきあつめたながれが、護岸を削りながら、柵の打たれた河口から外に吐きだされていく。
デジタルワールドに〝ながれ〟があるのはなぜだろう。
時のながれ。物質のながれ、天気などの自然現象があるのは。あきらかに社会生活がもたらした、こんなゴミの山があるのは。
一説には、人間社会をはじめとしたリアルワールドとのネットワークを介した接触が、デジタルワールドに、これほどのデータの多様性と循環をもたらしたのだという。
もし、それがほんとうなら。
かつて新大陸を発見したヨーロッパ人が、現地の帝国をほろぼすほどの病原菌をもたらしたように。
星間航行が可能になったSFの世界で、宇宙船に付着した未知の細菌が、おそるべきクライシスをひきおこすパニックムービーの筋書きのように。
人類とデジタルワールドの接触は、この異世界とそこでくらす生き物を、それまでと、それからで一変させてしまったことになる。
よいことなのか、わるいことなのか。それはわからない。
善悪に〝軛〟をひくのは警察の仕事ではないから。
エリアには、見えてはいないだけでいくつもの思惑がうごめいていた。
ヘッドアップの仮想モニタにワイヤーフレームの模式図がうかぶ。
――〝鉄錆海岸(ラストコースト)〟
だれがよんだか、そんな名前がつけられた赤い砂鉄の浜辺だ。ここにはゴミデータのながれにあつめられたデジタマが、よく漂着する。
それをねらう密漁者も。
「副班長! 不審なデジモンの反応あり」
警察無線のボイスチャットが入る。
仮想モニタの河口エリアマップに赤い光点がちらばっていた。未確認デジモンだ。
「こちら玉姫、さらに索敵」
川面から潜望鏡のようにつきだした彼女のデジモンの〝目〟を借りる。
「詳細索敵します……エスピモン、成長期、サイボーグ型、ウィルス種」
「現認した。ブリキのおもちゃか」
なんとも説明しづらい、報告書にしにくい姿をしたデジモンだ。
ぱっと見はレトロな昭和コメディ系ロボット番組のおもちゃ……? ひっくりかえした雪だるまみたいな頭でっかちボディに、マニピュレーターの両腕、脚部はロケット噴射のノズルのみだ。
「計4体です」
「クラッカーがついてんなぁ……! 4体ともBotかコノヤロー」
ちっと舌打ち。
Bot(ボット)とは警察のスラングで、ツールによる自動操縦状態のデジモンのことをさす。
「ちかごろクラッカーのあいだで、はやってるデジモンです」
「サイボーグ型はツールと相性がいいからな。初心者御用達」
デジタルワールドにデジモンをはなって放置、AIツールまかせで一定範囲を探索して、めあてのデータを捕獲採取する。よくあるクラッカーの手口だ。
これがリアルのサーバなら、ねらうのは企業秘密や個人情報などになるが……こんなデジタルワールドの辺境で、クラッカーの稼ぎになるものといえば。
――デジタマ、いくつとれた?
――まだ、ひとつ。
盗聴。
クラッカー連中のGriMMによるボイスチャットの会話をひろう。声が若い。ボイスチェンジャー使用の形跡なし。
「ボイチャたれながし、ぜんぶ筒抜け……シロートか?」
デジモンはBotだが、操作するクラッカーたちもオンラインにつないでいた。ようするにネットゲーム感覚なのだ。
「どうします? 副班長」
部下たちはクラッカー同様、デジモンをドックとツールで操作している。
この鉄錆海岸とデジタルワールドの景色も、仮想モニタの模式図や数値としては観測しているが、直接見えてはいないし臭ってもいない。
知ってはいるが、わかってはいない。……とは、どっかの有名な学者の言葉だったか。
わかっているのは――この場では彼女、副班長・玉姫紗月だけだ。
ツールで嗅覚の99%以上を遮断。
サツキのデジモンは、この鉄錆海岸みたいな劣悪な環境が、むしろ大好きなのだが……。
「警察は犯罪者のえりごのみはできないわけで……全員逮捕」
10以上の緑の点が、いきなり仮想モニタの模式図に出現した。
クラッカーのエスピモンたちは、とっくにサツキたち警察に包囲されていたのだ。
「連中のボイチャに強制介入。同時に、コマンドラモン分隊は二方向からターゲットを制圧」
「了解」
エスピモンはこちらに気がついていない。
クラッカーたちには、そもそも見えていないし、自分のデジモンがいるこの場所すらわかっていないはずだ。
彼らクラッカーに見えるのは、手元にあるデジモンドックの粗悪な液晶画面だけだ。だから警戒していない。
でも彼女――サツキには見える。
ありのままに。五感で。
彼女は〝軛〟をこえた者だから。
「よ・く・も! あらわれやがったな密漁クラッカーども!」
ボイスチャットに強制介入、警告。
ひびく美声を聞かされて、エスピモンたちがようやくこちらの存在に気づいた。
そのときには、ひそかに匍匐前進していたサツキの部下のデジモンたちが立ちあがり、密漁者たちを包囲していた。
――コマンドラモン 成長期 サイボーグ型 ウィルス種
警察の制式装備デジモンだ。
外見は竜人、リザードマンといった姿。「POLICE」と書かれたヘルメットとボディアーマーを装備しアサルトライフルをかまえている。
コマンドラモンは表面に特殊なテクスチャ加工がなされていて、周囲の環境に応じて電子戦迷彩をほどこすことができた。これによって敵に気づかれずに接近できる。
「デジタマを発見!」
コマンドラモンが密猟されたデジタマを確保する。
道具と、ブツはおさえた。
あとはリアルのクラッカー本人を検挙できれば3点セットだ。いうことはない。
――警察っ!?
――デジ対かよ! ついてねぇ!
ようやく事態を把握したクラッカーたちだったが、ボイスチャットでうろたえることしかできない。
サツキは現在時刻、逮捕容疑をつげた。
「――現行犯逮捕、神妙にお縄をちょうだいしろ! いっとくけど回線くくって逃げてもムダだかんな……もう割れてんの! 警察ナメんな、おまえらの名前もガッコも特定したから!」
いまいましいことにクラッカーどもは高校生らしい。逮捕じゃなくて補導かもしれない。
わるい先輩にさそわれて、クラッカーごっこでこづかい稼ぎ。あるあるな話ではある。
「逮捕って……なんの容疑だ! おれたちが、なにをしたって……」
「不正アクセス防止法ならびにネットワーク基本法、デジタル破壊活動防止法違反! ひらたくいえばデジタマ密漁罪だコノヤロー!」
サツキはぶっきらぼうにいいすてた。
「ここは……デジタルワールドだぞ!」
「どこの国でもねぇ! なんで日本の警察がでしゃばるんだ!」
なるほどクラッカーのガキどもは、ちょっと知恵がついてるので往生際がわるい。
サツキは、すぅっと息をすって、吐いて、声にドスを効かせた。
「ネットワークの自由、デジタルワールドの自由ってか……?」
「!?」
「クラックチームの理念ねぇ……? たいそうなお題目だが……いいか寝言はSNSでいってろ! 奥歯ひっこぬいてガタガタいわすぞ、くされクラッカーども!」
ザバババババッ!
水面から目玉だけを出して潜伏していたサツキのデジモンが、潜水艦のごとく姿をあらわした。
ヌメェ~~~~~~~~!
パトライトの赤色灯が回転する。
そのデジモンの姿、おぞましいうめき声、ヌメっとした大迫力にクラッカーのエスピモンたちはふるえあがった。
サツキのデジモンは、なんと――
「耳の穴かっぽじってよーく聞け! リアルのおまえらが日本国民で! 違法行為に手をそめているかぎり! 日本警察のごやっかいになって保護者よぶことになるんだ、めんどくせーなコノヤロー……おい、そこ動くな!」
――〝ダイバニッシュ〟!
ふいにエスピモンが消えた。
つぎつぎと、コマンドラモンは銃口のさきのターゲットを見うしなう。
消失マジックだ。エスピモンがヘソの位置にあるボタンを押したとたん、鉄錆海岸の背景に溶けるようにしていなくなった。
「光学迷彩っ!? ナマイキな!」
透明マントだ。
斉射。コマンドラモンたちがアサルトライフルをぶっぱなす。
分隊全力火力。
コマンドラモンに負けじと迷彩をまとったエスピモンは、しかし、まんまと警察の包囲をすりぬけた。これはクラッカーの操作は関係ない、デジモンAIの自己防衛機能だ。
「〝メカノリモン〟!」
サツキが指示すると同時に、背後で、もう2体のデジモンが迷彩をといて出現する。
――メカノリモン 成熟期 マシーン型 ウィルス種
エスピモンやコマンドラモンより大型のデジモンだ。スケール感でいうと全高3、4メートルあまり。ボディカラーは白ベース。その外見はロボット、腕部のながい人型パワードスーツそのものだ。
デジモンは書類上、警察備品あつかいなのだが、メカノリモンは特科車両に分類されていた。内部には操縦をになう専任のコマンドラモンが搭乗している。
ヴィン ウィィン…………
単眼のモノアイが、ギラリとあたりを探る。
メカノリモンは強力な探知器、各種センサーなど電子戦装備を搭載することで、現場指揮車となることができるのだ。
チュインッ――
メカノリモンの胴部にうめこまれたリニアレンズから、光学兵器が照射された。
――〝トゥインクルビーム〟!
バチバチと火花をちらしながら光学迷彩がとけて、エスピモンはキリキリ舞い、砂鉄をまきあげながら海岸にたおれこんだ。
仮想モニタにのこる3つの赤い点は、消えかけて点滅しながらちりぢりに。
「逃がすな! 撃て!」
「次弾チャージ中……すべてはとらえきれません!」
サツキとメカノリモンに乗った部下が交信する、そのとき、
――〝プチインパルス〟!
雷鳴もろとも、鉄錆海岸に稲妻の束が突き刺さった。
予期せぬ事態に、サツキは反応がおくれる。
「…………!? エスピモンが!」
警察無線がとびかう。
黒コゲになったエスピモンたちが、つぎつぎと墜落大破した。
稲妻の槍が、のこる3体のエスピモンを同時に、正確につらぬいたのだ。
だれだ……!?
サツキはヘッドアップの仮想モニタに出現した、あらたなマーカーを探った。
そいつは、こともなげに立っていた。
機能停止したエスピモンの上に。
その姿は、さながら伝説の雷獣か。
「あれは〝パルスモン〟……!?」
――パルスモン 成長期 獣人型 ワクチン種
〝電光石火〟――その異名のままジグザグに高速移動するデジモンの姿は、目でとらえることさえむずかしい。
新手のクラッカーか。コマンドラモン分隊が銃口をむけた。
「パルスモンをつかうやつは、あたしが……」
サツキはそいつの名を知っていた。
「警察が知るかぎりひとりだけだ。あいつは……ハッカー!」
「副班長! 指示を!」
「ハッカー・〝ジャッジ〟か!」
ザッ
ちらりとサツキのデジモンを一瞥したパルスモンは、
「ツメがあまいね、デジ対の副班長さん」
笑みと投げキスをくれると、たちまちネットワークの海へと稲妻のごとく飛び去っていった。
「あの……! トサカにきたぁ~~~~!」
「副班長!」
コマンドラモン分隊が指示をあおぐ。
サツキは小馬鹿にされた怒りで内心プルプルふるえていたが、現場指揮官としてなんとか平静をたもった。
「エスピモンを制圧……密猟されたデジタマを確保。リアルのことは、あとは所轄にまかせる」
「あのパルスモンは……」
「ふざけたハッカーのヤローは、ほっとけ。どうせおいつけやしない。やつも……」
サツキはふてくされた。
パルスモン……あれとリンクしたハッカーも、サツキと〝同類〟だ。
――〝軛〟をこえた者。
「了解、副班長」
「わるい、Kライン――警告基準値をこえそうだ。タイムリミット……破ると班長がうるさいし、ペナルティで減給だし」
「はい、お先にどうぞ! それとデジタマですが……」
部下が早口で報告した。
「?」
サツキは、いよいよ手がつけられないほど不機嫌になった。
さっきまで浜にころがっていたはずのデジタマが、なくなっていたのだ。
かすめとっていったのは、もちろん……。
まさに〝電光石火〟――
「パルスモン……ハッカー・ジャッジ! 証拠品かえせ、コノヤロ~~~~!」
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo