デジモンは生命かプログラムか。
すくなくとも人間社会での法的な定義はさだまっていない。デジタルワールドの定義がなされていないために、デジモンに関する法整備はまったくおいついていない。
デジタルワールドにおいて、デジモンを捕獲することは合法なのか、
デジモンを所持しているだけで罰することは可能なのか。
罰するとすれば、それは既存の不正アクセス防止法などにもとづくのか、破防法か、それとも動物、環境保護の関連法によるのか。対応は国によってもちがう。
しかし、デジモンをもちいた犯罪は確実におきている。
日本においては。
現実的な対応は、クラッカーによるデジモン犯罪を破壊活動とさだめ、それを阻止する目的で、警察に特殊部隊を発足させることだった。
警視庁生活安全部サイバー犯罪課捜査第11係。
通称・デジモン犯罪対策チーム。略称・デジ対。
デジモン犯罪対策のためにつくられた非公開組織だ。いわゆるサイバー警察であり、事実上クラッカー全体を監視、捜査対象としている。
「ルガモン……」
デスクのモニタで報告書を確認すると、11係班長・徐月鈴(シュー・ユーリン)はいった。
サイドとバックを刈りあげたマニッシュなベリーショート。メイクは最低限で、するどい眼光とスキのない仕事ぶりから〝鬼〟の班長とよばれている。名前とルーツは中華系だが日本人だ。
「はい、班長! 本日、デジタルワールド外縁部ウォールスラム、通称・9番街で遭遇したSoCのクラッカーが所有していたデジモンです」
副班長の玉姫紗月は、きびきびと上司に報告した。
11係は、本来であれば課くらいの規模がある。対外的に、警察内部にも存在をかくすために、より小規模な組織の体裁をとっているわけだが。
「コマンドラモン分隊をしりぞけた……か。デジモンの反応速度、攻撃力、どれも成長期としては破格。危険なクラッカーね」
ユーリンは報告書のデータを分析した。
「さらに成熟期ルガルモンに進化、あたしのヌメモンも病院送りにされました、あのデコ助ども……! つぎに会ったらぜったい逮捕してやる!」
「マインドリンク、A級クラッカー……われわれが入手しているSoCの幹部リストに、この彼の名前はなかったけど? 永住瑛士……このみじかい時間で、よく彼のリアルまでたどりついたのね、サツキ」
「あ、名乗ってましたから。自分で」
「はぁ?」
ユーリンは、ほんのわずかに机でずっこけた。
「ですから、そのエイジってコゾーは……名乗ったんですよフルネーム。偽名、クラッカーネームだと思うでしょ? そしたら本名だったっぽくて」
「スゴ腕なのかバカなのかわからないわね……」
といったユーリンの片腕である副班長のサツキも、非公表の11係の所属と名前をクラッカーにつげてしまったのだったが。
「たぶんスゴ腕のバカ。第一印象、そんな感じで」
サツキはいまいましい。
そのスゴ腕のバカに、いとしのヌメモンを病院送りにされた。
警察は組織のつながりがつよい。
なにかの事件で警官の命が危険にさらされたときは、組織全体で全力で犯人をおいつめる。オトシマエをつけるためだ。そうしなくては警察全体がナメられて、つぎの被害につながってしまう。
警察に刃向かうような輩は徹底的にたたきつぶす。
「バカはけっこうだけど……サツキ、あなたまたKラインを超過よ。今年、何度目かしら」
「…………。すいません」
サツキはしょげた。
「いうまでもないけど……マインドリンクには安全上の時間制限がある。警告基準値のKライン、そして接続限界値Lラインをこえれば……精神データがデジコアと癒着して、あちらがわ……デジタルワールドに意識だけがとりのこされることになりかねない」
「査定にひびきますね」
「命にかかわるのよ。私はね、サツキ……デジタルワールドで部下をうしないたくないの。ぜったいに」
「申し訳ありませんでした。以後、気をつけます。あたしもDMIAはごめんです」
DMIA(Digital Missing In Action)
デジタルワールドでの行動中における行方不明者、意識失踪者を指す。
デジ対のさだめる警告基準値は、いわばイエローカード、スキージャンプでいえばK点だ。
警告基準値Kラインをこえてなおマインドリンクを続行すると、やがて限界に達する。Lライン(limit)だ。これはレッドカード、L点。そうなれば最悪、コンクリートの壁に正面衝突するように人生を退場することになるだろう。
DMIAは、マインドリンクのタイムミリミットをこえたことで、意識がリアルワールドに帰ってこられなくなってしまった者を指すデジ対用語だ。
ユーリンは永住瑛士のファイルをひらいた。
戸籍、ざっくりした経歴から、街角の監視カメラでひろった最新映像まであつめられていた。
「これ、DDLですよね」
サツキがいった。
監視カメラの映像は東京電脳大学――に隣接する施設のまえだ。
「電脳大の学生ではないのでしょう?」
なんといっても日本の理系大学の最高峰だ。あそこの学部生にはハッカー、クラッカーが潜在的におおい。
「はい。現在はフリーターです」
「ここ、ズーム」
ユーリンが指示した。
映像が一時停止する。DDLの建物から出てきたエイジの左腕にカメラがよる。
解析。
ズームで粗くなった映像が、AI処理によってクリアに再構成された。
「デジモンリンカー……アバディンエレクトロニクス製、最新型のデジモンドックでござる」
時代劇調でしゃべったのはユーリンのデジモンだった。
――リュウダモン 成長期 獣型 ワクチン種
ユーリンのかたわらにホロライズした姿は、さながら太古の鎧竜。
装備しているのは日本風の鎧兜だ。サイズは大型犬くらいで、成長期としては、このくらいがよくあるサイズだろう。
しゃべった――ということは、このリュウダモンもマインドリンク済だということ。
「ルガモン、最新型のデジモンリンカー……」
ユーリンは思索する。
「なんか似てますね」
「…………?」
「いえ、班長のリュウダモンと、この犬……ルガモンのデコのところ」
リュウダモンの兜のひたいにも、おなじようなインターフェイスがあしらわれていた。
電臨区の夜景を見おろすタワーマンション。
中層階の1LDK。彼の恩師でありボスが所有している部屋で、大学留学のあいだ借りている。
シャワールームから出る。
タオルでざっと髪をふくと、バスローブをはおった。
腕にはスマートウォッチ――デジモンリンカーをつけたままだ。
リビングに歩くと、そこにデジモンがいた。
ホロライズだ。照明はついていないのだが、そのデジモン自身がちいさな稲妻をまとって発光しており、ほのかに部屋は明るい。
「SoCに動きがあったらしいよ!」
パルスモン。
先日、ウォールスラムの鉄錆海岸でデジ対11係とやりあった〝電光石火〟のデジモンだ。
「クラッカー? 例の、大規模なSoCの作戦の兆候か」
冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出す。
食事は外食とデリバリーがほとんどで、冷蔵庫に食材などは入っていない。
「うん! どうやらSoCは人員増強をすすめてるみたいだね、レオン」
「くわしくたのむ、パルスモン」
パルスモンがくるっと空中回転、壁の大型モニタにデータを表示した。
ホロライズしたデジモンを、いわゆるAIアシスタント、スマートスピーカーとして利用している。
いうまでもなくパルスモンと彼――レオン・アレクサンダーはマインドリンク済だ。
「ウォールスラムでね、デジ対とクラッカーがやりあったらしいんだ」
「いつものコソ泥の摘発、警察の点数稼ぎじゃないのか?」
「そう思うだろ? でも現場は9番街、通称〝九狼城〟だった」
「…………? お遊びのクラッカーが行けるところじゃないな」
レオンはひとりがけのソファに腰をおろした。
「スゴ腕のクラッカーとパートナーデジモンが、デジ対を撃退したらしい。まちがいなくマインドリンクしたやつらだ」
「クラッカー……それで、それがどうSoCにつながる」
レオンはボトルを口にふくんだ。
水は、日本の軟水が好きだ。子供のころは日本でくらしていて、学校や公園の水をがぶがぶ飲んでそだった。
「そりゃ、もう! いまチャンネルSoCは、そのクラッカーの噂でもちきりさ!」
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo