よりしなやかに、つよく、するどく。
獲物を狩るためだけ、食らうためだけに〝チカラ〟をもとめたフォルムへと。
ウォールスラムの9番街には、おそるべき狼が棲むという。
「ルガルモンだと……まさか、このデジモンは……!」
たおれたサツキは、声をうしなった。
九狼城の廟の瓦屋根に降り立ったのは、はるかに成長した、魔炎をまとった蒼き狼。
膨大なエネルギーが観測された。
あらわれた成熟期デジモンの内からあふれだしたエネルギーが、その口もとから炎となって噴きだしている。
「そうだ、おれはルガモンであり……おれは〝ルガルモン〟!」
エイジのデジモンは、その身にやどした魔炎の記憶を思いだす。
「ルガモン……いや、ルガルモン……?」エイジは内から語りかけた。「思いだしたのか、おまえ!」
「〝九狼城の魔狼〟……! 聞いたことがある。たしか、このウォールスラム9番街のボス格だったデジモンか!」
サツキは歯をかみしめた。
ルガルモンの口内で魔力と炎が収束する。
一閃。
――〝ハウリングバーナー〟!
圧縮された高熱の炎が撃ちだされた。
粘液などでは防ぎきれない。直撃をうけたヌメモンは身をくねらせて、のたうちまわった。
「ぐっ!」サツキが悲鳴をあげた。「ヌ……ヌメモン! あたしのヌメモンがぁ……!」
パートナーのデジモンが、デジコアにひびくほどの大ダメージをうけた場合、マインドリンクした人間の精神データも無傷ではいられない。デジモンへのダメージは痛み、ストレスのシグナルとなって意識におそいかかる。
ヌメモンは消えない炎に焼かれつづける。
さっきとは火力がちがった。成長期の炎が焚き火だというなら、これは鉄をも焼き切る巨大バーナーだ。
――ヌメモン、ダメージ大!
――撤収命令が出ました! 負傷者を回収!
たおれた指揮官を見て、デジ対の隊員たちは即時に動いた。
カーゴドラモンのローターの風圧でヌメモンを強制消火、機内に回収すると、コマンドラモン分隊ともどもデジ対は撤退していった。
カーゴドラモンの機上。
「よくも、あたしのヌメモンを……!」
サツキは、ひどい火傷を負った彼女のヌメモンをいたわりながら、ギリギリと歯ぎしりをした。
「副班長! 警告基準値をオーバーします! いそいでマインドリンクの解除を!」
「いやだ」
ホロライズしたサツキは、チャットで部下の言葉をつっぱねた。
「しかし……!」
「あたしのヌメモンをこんなにされたんだ。ゆるさないよクラッカー……つぎは、かならず……」
カーゴドラモンは、ティルトローターエンジンを水平方向にもどすと、全速力でネットワークの海を上昇していく。
眼下となったウォールスラム9番街を見おろしながら、サツキはほえた。
「クラッカー・エイジ! かならず逮捕してやる!」
撤退し、ネットワークの海の彼方に見えなくなったカーゴドラモンを見送ると、エイジは、ふたたびホロライズして彼のデジモンのかたわらに立った。
ルガルモン。
外見はおおむね狼のままで、毛なみの色も、ルガモンがおおきくなったという印象ではある。
ただ全身の毛がながくなって魔物感をましていた。
最大のちがいはサイズ――ルガルモンは、リアルの動物でいえばサイくらいはあるだろう。おでこのインターフェイスはそのままのこっていた。
廟の屋根瓦に立ったルガルモンは、九狼城のせまい空をあおぐ。
「成熟期に進化して……進化しなおして、やっと思いだしてきたことがある。このウォールスラム9番街は、おれのナワバリだった」
「〝九狼城の魔狼〟……だっけ? おまえ、ここのボスだったってことか。大物じゃん!」
エイジはすなおにもちあげた。
「どうだかな……結局、ボスではなくなったということだろう」
だれかに負けてボスの座をおわれたのか。それとも、みずから去ったのか。それは思いだせないという。
「進化するごとに思いだすとか、おまえ、かわった記憶喪失の仕方するんだな。まぁ、記憶喪失とかマンガとか映画でしか知らないけどさ」
「ふん……まぁ、いいさ。おいおいとりもどす……〝チカラ〟も〝キオク〟も、おれの進化のすべてを」
ルガルモンは未だに、さらなる進化の予感を秘めているのか……。
くすぶっていた魔炎がようやく鎮火して、やっと9番街に、もとの静寂がもどった。
ガサッ……
物音がして、路地の奥からだれかがあらわれる。
デジモンだ。
ひとり、ふたりではなかった。わらわらと……これほどの数がどこにかくれていたのか、ウォールスラムのデジモンたちが九狼城の広場にあつまってきたのだ。
「え……? なに、これ」
エイジはびっくりした。
ウォールスラムはやるかやられるか。まさか、つぎはこのデジモンたちがおそってくるのか……?
ルガルモンは、だが……悠然と広場にあつまってきたデジモンたちをむかえた。
――ルガルモン!
声があがる。
その声はやがて、数十、数百のデジモンの声となって九狼城にひびきわたった。
――ルガルモン! ルガルモン! ルガルモン!
九狼城にあつまったデジモンたちが、彼らのボスの帰還を祝った。
そのようすを、魔窟のビルの屋上から、ボロ布をまとったデジモンがひそかに見おろしていた。
「〝九狼城の魔狼〟は帰還した」
ボロ布のデジモンがいった。
「――なかなか胸にくる光景だな」
ボイスチャットで、だれかがつぶやきかえす。SoCの面接官の声だ。
「意地がわるいな、おまえは。彼らのテストのために警察にタレこむなんて」
「デジ対の副班長をものともしなかったか。マインドリンカーを警らによこすとは思っていなかったが、結果は期待どおり。ルガルモン……あの〝プロトタイプデジモン〟は」
「あのクラッカーのコは?」
「判断保留」
「ふぅん……マッピングの仕事は、どうやらコンプリートしたみたいだよ」
彼らにわたしたマッピングツールからのデータは、すでに受信済だ。
「もちろんSoCへの入隊は合格だ。マインドリンク可能なクラッカーは、のどから手がでるほどほしい」
「導けると思う? あのクラッカーのコ……ナガスミ・エイジは。彼のパートナーデジモンを……さらなる〝深層〟へ」
「なってもらわねば。そこが、われわれの約束の場所であるからには。そうだろう〝ドルモン〟」
ぶわっ
ボロ布が、そのとき、つよい風にはがされた。
――ドルモン 成長期 獣型 データ種
ふさふさの尻尾。
ボロ布の下からあらわれたデジモンは、地味な色で、一見するとリスなどの小動物を思わせる姿をしていた。
しかし、そのデジコアには神話から語りつがれてきた幻獣〝ドラゴン〟のデータがやどされているという。
証は、背中に生えたちいさな竜の翼――
ドルモンのひたいには、ルガモンとおなじインターフェイスがかがやいていた。
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo