――ヌメモン 成熟期 軟体型 ウィルス種
ホロライズした副班長が、ヌメモンの背中に乗った。
ヌメモンのサイズは人間比で軽トラックほどもある。警察車両あつかいらしく、頭に、ちょこんとパトランプをのっけていた。
「逮捕だ逮捕! おねーさんトサカにきちゃったよ……! あたしを、だれだと思ってんの! 警視庁生活安全部サイバー犯罪課捜査第11係デジモン犯罪対策チーム、副班長・玉姫紗月だコノヤロー!」
「なげーし」
クラッカーたちはデジ対と通称していたが、具体的に「11係」とかいうのは初耳だ。
「あ、所属……これいっちゃだめなんだった!」サツキは両手で口をおさえた。「おいデコ助ども! いまのなし!」
「しらねーし」
「つか、さっきから、ひとのことデコ助デコ助よびやがって……」
ルガモンは不機嫌そうに、ひたいのインターフェイスを前脚でなでた。
「だって、デコっぱちだろ! 犬っころ!」
副班長――サツキはひかない。
「デコスケの警官にデコ助いわれる筋合いはねーな! 泣かすか……? おれは、このインターフェイスが気にいってるんだ。おれのデコを笑うやつはゆるさねぇ!」
「四の五のいうなデコ助デジモン! いくぞコマンドラモン、ぶっぱなせM16――」
「サツキちゃんって、どんな字書くの?」
エイジは場をなごませようとした。
「は…………? 将棋の玉にプリンセスの姫、糸へんに少ないと書いてお月様だよ! って、個人情報~~~~!」
やっぱりテンパっている。からかうと、おもしろくてくせになりそうだ。
「おれはエイジ、永住瑛士」
「聞いてないからぁ~……」
サツキはしつこいナンパをおいはらうように、手でのけるしぐさをする。
「じゃなくって、おれはクラッカー・ファングだった。サツキちゃん、いまのなしで!」
「いーや、しらべる手間がはぶけたわ……ナガスミ・エイジ! あんたをマインドリンク可能なA級以上の一流クラッカーと認定!」
サツキはズバッとエイジを指さした。
「やった、サツキちゃんのお墨付き! ルガモン! おれ、一流クラッカーになっちゃったみたい!」
「なおA級以上のクラッカーは自動的に警視庁ブラックリスト入り! もう、まともな人生おくれると思うな反社会分子! おまえの行き先は、どうせ塀のむこうだ!」
――ヌメ~!
ナメクジが鳴いた。
「敵が成熟期だからって、びびんな」
ルガモンは戦闘態勢。
「おれ、ぬめっとしたやつムリなんだよ生理的に~……とろろとかオクラとか納豆とか」
ブリッ! ブブブブブッ!
ヌメモンが体内から排出弾を撃ちだした。
さながら速射砲だ。
「納豆が食えないとかいう軟弱者は、デジモンのエサでもくらってろ!」
サツキがあおる。
「エサじゃなくて、これ……ウンコじゃねーか!」
エイジとルガモンは、あわやというところでヌメモンの攻撃をさけた。
「最低な攻撃だな……だから5番街のゴミためにいそうなデジモンは品がないんだ。あの、うるさい女にはお似合いだが」
「あのー、ルガモン……聞こえてるよ。おまえ、女の人怒らせるの上手いのかなー」
エイジは汗ジトになったが、もうおそい。
「この、デコ助の犬っころ……! あたしはともかくヌメモンの悪口をいうなぁ~!」
そこが怒りのツボなのか。
ヌメモンの巨大排出弾がふたりをねらった。
ルガモンは、ちいさく跳んでよける。
弾は壁ではねかえってエイジを直撃した。
「あ、わるい。おまえがいたんだった」
「たすけて、ルガモ~ン!」
エイジはもちろんウンコまみれだ。
「跳弾でよかったな。運がついてた」
「オヤジギャグ~……! ううっ……肥だめにはまるとか、いまどきギャグマンガでもねーだろ、この展開。マインドリンクなんかするんじゃなかった……!」
エイジは泣いてしまった。
マインドリンクしていると、ヌメモンのウンコはわかりやすくウンコだし、臭いもウンコだし、こんなの戦意はガタ落ちだ。
「きゃはは、ぶざま~! あたしのいとしいヌメモンをバカにするやつは、いい気味だ!」
ヌメモンの上でサツキは大笑いだ。
「サツキちゃん……ちなみにヌメモンの、どんなところ愛してるの?」
ウンコをぬぐいながら、エイジはたずねた。
「このテカり、ヌメり、そして秘めたる獰猛さ……うっとり♡ あたし、リアルでもイボイボナメクジを飼ってるんだけどね、ほかのナメクジやカタツムリを捕食しちゃうの。もぐもぐ、ゾクゾク……」
「あ……あとで動画探してみます」
「見てみる?」
サツキは頭上に仮想モニタをひらくと、どっかの動画サイトにつないだ。
「ここではやめてくださいー」
……………………。
サツキは好きなもののことを話はじめると、場の空気を無視してとまらなくなるタイプだった。
「おいエイジ……じゃなくて〝ファング〟だっけ?」
ルガモンはいちおう設定を確認した。
「もういいよ。いろいろあって心が折れた」
エイジはいじける。
「あー……ったく」ルガモンは舌打ちした。「マインドリンクしている以上、クソめんどうだが、おれとおまえは一心同体だ」
「そうだった……! いくら一流クラッカーになれても、こんなとこで捕食……じゃなくて逮捕されるわけにはいかないんだ!」
「いったんホロライズ、切れ。もどってこい」
「おれ、ウンコまみれだけど」
「ウンコは落としてからだよ!」
ルガモンにいわれて、エイジはホロライズを切った。
姿が消える。ウンコだけが、その場にボタッとのこされた。
エイジは、ふたたびルガモンのデジコアへ。
ルガモンの視座に立つ。
エイジの意識はヘッドアップの仮想モニタとつながる。
ツール起動、AIモードを〝バトル〟に。
「コマンドラモン、投擲!」
――〝DCDボム〟!
機先を制して、コマンドラモンがいっせいに爆弾を投げた。
ルガモンは四肢で地面をつかむと、一足跳びに――爆発をさけて、広場をかこむ違法建築の垂直の壁をかけまわって逃げる。
――〝ハウリングファイア〟!
炎の壁でコマンドラモンを分断、混乱させる。
「ちっ……消えない〝魔炎〟か! 焚き火程度だが、めんどくさい!」
サツキを乗せたヌメモンは、炎をおそれることなく前進した。
「ナメクジ野郎め、おれの炎をものともしねーか」
ルガモンがうなった。
ヌメモンのヌルヌルした粘液が、炎をあるていど防いでしまうようだ。
「ルガモンの炎が効かないのか……!」
「相手はウンコでも成熟期! コマンドラモンもいる! おれの全力を出さなきゃ、この場はきりぬけられない!」
ルガモンは、あえてエイジをためすように。
「成熟期……全力って、進化のことか……!?」
「そうだ進化だ、エイジ!」
ルガモンがよびかける。
「できるのか……いま、ここで」
「デジモンリンカーの限定解除はかざりかよ……! おまえとのマインドリンクも、だいぶなじんできた。それに……なにより、おれが、おれを、おさえられねぇ」
蒼き狼は毛を逆立て、キバをむく。
「ルガモン……!」
エイジの意識にも、ぞわっと鳥肌が立つ感じがつたわった。
「ウォールスラムに来てから……この九狼城に来てからだ。おれのなかにある、なにかが……〝チカラ〟が、いまにもあふれだしそうだ……!」
まるで自分のなかに、自分ではない何者かがいるようだと。
「――苦しいほどだ……進化したい! このパワーに、成長期の体はちいさすぎる!」
ルガモンの叫びとともに、仮想モニタにアラートが点滅した。
――〝進化〟(DIGIVOLUTION)
ツールが、ルガモンの身に生じつつある変異をつげた。
「進化……よし! おれもルガモンと進化して、超一流のクラッカーになるんだ! こんなところでつまずいてられねぇよ! おれはデジタルワールドで、勝つ……!」
エイジは心を鼓舞する。
自分をおさえる必要はない。
できる……ネットワークでならできる。デジモンの爆発的成長をうながす。
「デコ助め……なんか、たくらんでやがるな……? 一気にきめる! ヌメモン、特大のやつをおみまいしてやれ!」
サツキがぶっそうなことを命じた。
ヌメモンはその場で、きばりはじめた。
「ルガモン〝進化〟――」
ドウッッッ――――
進化のかがやき――エイジの仮想モニタに表示されたルガモンの全パラメータが、一気にはねあがる。
「警告! 警告! ターゲット、進化します!」
上空のカーゴドラモンが警報を発した。
「進化だと……? くっ!」
サツキの頭上には渦巻く赫き炎が。
衝撃波。
カーゴドラモンが挙動を乱す。
サツキはヌメモンの背からふき飛ばされた。
――ルガルモン 成熟期 魔獣型 ウィルス種
キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo