DIGIMON 25th PROJECT DIGIMONSEEKERS

-NOVEL-

CHAPTER1
Eiji:Wolf of ninth avenue

Chap.1-10

 音はうせて、視界はとおのく。
 腕にまいたデジモンリンカーの感覚ごと、手足はどこかにいってしまった。
 エイジの意識はとんだ。

 めまい。

 ぐるん、と三半規管が失調。
 世界がひっくりかえりながらころがりおちていく。
 沈む。
 沈んで……ふいによみがえったのは子供のころの記憶だった。
 夏。
 家族で川遊び。そうだ、あのときは家族も、友達とその家族もいた。
 いちばん仲がよかった……。

 Leon!

 BBQの準備をしていた友達の親が、息子をよんだ。

 Eiji!

 友達はエイジの名をよんで、川からあがろうとする。
 そのときエイジは中州をめざして、知らず知らず深みまで入っていた。ふりかえったとき川底の砂地に足をとられた。

(っ…………! っは!)

 一歩先は、見えない崖。
 水泳はそこそこできたはずだが、ながれのある川はプールとはちがった。
 体がうかばない。
 立ち泳ぎなどできずに、顔を水につけるしかなかった。
 そのとき垣間見えた水面下は

 別世界。

 きれいな清流の下は、深くえぐれ落ちて、子供などかんたんに飲みこんでしまう魔物の住処のようで。
 空気の泡が渦をまく。
 すいこまれる。
 そして、すべての感覚がオチた。

 それは、でも一瞬だった。だったと思う。

 モフっとしたなにかがエイジの意識をやさしくうけとめた。
 ウェットスーツを着て、ぷかぷか水にうかんだ感覚。
 やがて……泡のなかで散乱した光は像をむすんでいった。

 あらたな世界へ。
 いいや、ずっと見てきたはずの世界が……切り口をかえることで、かつてない刺激をエイジの意識にたたきこんだ。

(…………!?)

 まぶしい。
 ここは光の刺激が強すぎた。なのに、まぶたを閉じることができなかった。
 なんだ、これは。
 混乱。不安。
 なにが見えたのか、なんなのかわからない。
 デジタルズームっぽく粗く拡大されたかと思えば、双眼鏡を逆にして見たときみたいにとおざかる。ノイズが頭を這いまわる。ガサゴソと耳のなかに虫が入って暴れている。

 獣臭い……。

(雨でぬれた犬の臭いだ、これ。ひどい夢だな……)

 夢じゃねぇ。

novel_deco

 その声だけは、はっきりと聞きとれた。
(え? だれ……?)

 ガシャン!

 なにかを蹴ってひっくりかえした音がして、だれかが走ってきた。

 チューモン 成長期 獣型 ウィルス種

 ヘッドアップの位置にデータが表示された。
 大昔の洋物アニメみたいな動きであらわれたのは、ちいさなネズミのデジモンだった。ピンクの裸ネズミは、両手いっぱいにデータのかけら――チーズをかかえている。
 ここは、どこだ……。
 ビルの内部。
 壁も天井も床もコンクリートだった。建設中、というか廃墟……?
 つづいて、べつのデジモンがあらわれた。

 チューチューモン 成長期 獣型 ウィルス種

 こちらもネズミのデジモンだ。
 ただし獣ではなくパペット――目つきのわるい、ぬいぐるみのネズミ。そいつが、もう1体のメカっぽいデジモンに乗っている。

 ダメモン 成熟期 突然変異型 ウィルス種

 メタリック感のあるボディ、武術でもちいるT字型の棍・トンファーをにぎっていた。
 その姿を、ひと言でいうなら、
(ヤカンに手足……? いや、あいつ……ウンコじゃねーか!)
 エイジは混乱した。
 ここが幻の『デジモンランド』だったら、きっと大歓声。
 でも、ウンコがあらわれただけで大ウケできる純粋な子供心を、エイジは思い出のタイムカプセルに片づけてしまっていた。
 眼前のできごとを、エイジはつとめて冷静に見つめる。
 ダメモンは、チューチューモンが操縦するウンコ型デジモンだ。

「うちのファミリーのブツをくすねるとは、いい度胸ですね」
「ひぃい! 見のがしてくれよぉ、チューチューモン! おなじネズミのよしみで!」

 チューチューモンがおどかし、チューモンがチーズをかかえて命乞いをした。
 どうやらチューチューモンのエサをチューモンが盗んで、逃げたらしい。
「チューモン、あなたと同類あつかいは心外です」
「ダメ、ダメ」
 ダメモンが、もっさりした動作でトンファーをむけた。
 と、そこでチューチューモンがこちらの存在に気づいた。
「ところで、そこの犬っころ」
(え? 犬……どこ?)
 エイジは相手のいっていることがわからない。
 そもそも、これは、なんだ。なにを見せられている。
(デジモンが、しゃべってる……?)

 ……………………。

「見ない顔ですね……ここらへんはウォールスラムの6番街を仕切る、うちのファミリーのナワバリだ。チューモンを始末するあいだに尻尾をまいて逃げることです。もし、いつまでも私の視界にいるなら……」
「ネズミが、狼にケンカを売るのか。笑っちまうな」
 さっき聞こえた声が、またエイジの耳もとでうなった。
 まえに出る。
 いいや……エイジは動いてはいない。
 なのにチューモンにちかづいていくのだ。勝手に……乗っていた車が動きだしたみたいに。
なら今日から、ここは、おれのナワバリだ」
「…………! ダメモン、やっちゃいなさい! 〝ガンバルカン〟!」

 ガンガンガンガンガン!

ガンバルカン

 トンファーにしこまれたバルカン砲が火を噴いた。
 床に壁に、べちょべちょと弾が着弾する。チューモンが右往左往して逃げまどう。
(うっ!?)
 エイジは、ふいに吐き気におそわれた。
 これは……。
(く……臭ぇ~~~~! 鼻がまがる!)
 まるで毒ガス。
 ガンバルカンの弾は、威力はたいしてないのだが、耐えがたい悪臭をはなついやがらせ兵器だった。
「あははは! 鼻のきく犬っころには、たまらない攻撃のはず! デジモンの戦いとは、こうやって相手の弱点をつくものです!」
 チューチューモンは作戦がはまって大いばりだ。
「ダメ、ダメ!」
「さきに野良犬から駆除しますか……ダメモン! とどめの〝ブー・スト・アタッ〟…………」

 ゴウッッッ!

 エイジの周囲で、なにかのエネルギーが渦をまいた。 (なんだ……!?)  発火〝赫〟き炎。  ダメモンが動くよりも速く、

 〝ハウリングファイア〟!

 火炎放射がビルのフロア一面をなぎはらった。
 なにもかもを焼きつくす。熱と衝撃の渦に、ダメモンは窓を破ってビルの外にぶっとばされてった。
(熱っ……!)
 エイジはびっくりした。たき火で、顔をあぶられた感じがする。
「タフなだけがとりえのダメモンが、一撃……?」
 チューチューモンはダメモンの操縦席からころがり落ちて、床にとりのこされていた。
 フロアで炎がくすぶる。
 なにも燃えるものはないのだが、すぐには消えないのだ。
「なんだ、この炎は……! ただの炎じゃない!?」
 チューチューモンは混乱する。
 その、ぬいぐるみのネズミデジモンを――上からにらみおろす。
「とって食っちまうか……?」
 くんくん、臭いをかいだ。
 チューチューモンは顔をひくつかせて、ふるえあがった。
「その、ひたいの旧式インターフェースは……! ルガモンだと? ちがう、おまえは……いいや、あなたは〝九狼(クーロウ)城の魔狼(まろう)〟……!」
(ルガモン……?)
 エイジは、そこで、はっとした。
 チューチューモンはルガモンと話しているのだ。
 では、エイジは……。
「クーロウジョー……? ああ、そうだ……思いだしてきた」
 エイジの耳もとで、あの声がつぶやく。
「あなた、帰ってきていたんですか、このウォールスラムに……!」
 チューモンは、なぜか敬語っぽくなった。
 その会話をエイジは

 いったい、どこで、どうやって聞いているというのだ。

やっぱり、おまえはマズそうだ……うせろ」
 ルガモンは鼻をそむけた。
 おそるべき狼の気がかわらないうちに、チューチューモンはまっしぐらに逃げていった。
 エイジは
 すっかり話においてけぼりだったが、気をとりなおして話しかけてみた。
「あのー、ルガモン? 聞こえる、こちらエイジ! ルガモンさん……?」

キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo

前の話
Chap.1-10
次の話