DIGIMON 25th PROJECT DIGIMONSEEKERS

-NOVEL-

CHAPTER1
Eiji:Wolf of ninth avenue

Chap.1-14

 ウォールスラム9番街。
 階段をあがって地下鉄出口に立ったエイジは、まわれ右してひきかえしたくなった。
「なんだここ……外国? スラム街? やばいじゃん命が危険だよ!」
 空気が煤けていた。
 最初の廃ビルもなかなかだったが、ここは……それ以上。もし観光ガイドに載っていたら「地球最悪の治安」「ぜったいにちかづかないこと」などと書かれていそうだ。
「…………」
「なんていうんだっけ、こういうの……九龍城? 昭和の歌舞伎町?」
 違法建築の谷底から街区を見あげる。
 かつて返還まえの香港に存在した九龍城の貧民窟無政府状態だった土地に、不法移民によって野放図に建てられたスラム街。あるいは昭和の新宿・歌舞伎町、飲食店や風俗店、ホテルなどのネオン看板がかがやく眠らない不夜城。

 魔窟、というやつだ。

「ウォールスラムは、リアルワールドとデジタルワールドの境界だ。つねにネットワークを介してリアルの情報がながれこみつづけている。そうして変化する。1日として、すべておなじ状態ではありえない」
「ルガモン……」
「なんだ」
「おまえ、もしかして頭いいのか!」
 エイジは目をかがやかせた。
「デジモンは頭いいんだよ」
「むずかしいことは、これからルガモンにたのもうかな。なぁ、先輩ってよんでいい?」
「やめろ」
「おれ、ルガモン、だ~い好き! だって、たよりになるんだもん」
 エイジは、もし尻尾が生えていたらフリフリするいきおいだ。
「そんなだから飼い犬にも下に見られたんだ、おまえは……さっさと仕事をすませるぞ」
 ルガモンに尻をたたかれて、エイジは仮想モニタでツールを起動した。

 マッピングを開始する。
 あとは……地図をぬりつぶしていく感覚で歩けばいいはずだ。

「この魔窟をマッピングか……」
 9番街のことを言葉で説明しようとすれば、イメージがつたわりきらず頭がどうにかなってしまう。
 まっすぐな道などない。
 路地は、建物と建物のあいだの隙間でしかなかった。道幅も方向もめちゃくちゃ、都市計画なんてものはされていない。建築基準法にもとづく建坪率、斜線制限、耐震基準、そのほかの法的規制はいっさいない。
 つけくわえるなら、ここには建築力学すら存在しなかった。
 構造計算、あらゆる安全性を無視した街は、リアルのまともな人間の感覚をもちこめば、そこにいるだけで心が不安になり、2秒後の〝崩壊〟のイメージのなかをいつまでも歩かされることになる。
 ネジ1本でぶらさがった看板が落ちれば、あそこの鉄骨が折れて、ドミノ倒しのように、あたりのビルすべてが倒壊するのではないか……。

 エイジはマップを確認しながら歩いた。
「デジモンはいるみたいだな。かくれてるけど」
 路地のあちこちから視線は感じるのだが。
「9番街……ここはウォールスラムでも治安は最悪。50メートル歩くあいだに、よそ者は身ぐるみはがされて、100メートル歩くころには命もなくなっている」
「怖いんですけど」
「目的地は9番街の中心九狼城だとさ」
 エイジとルガモンは作業をつづけた。
 結果的に、やや拍子抜けだったが、じゃまされることなくマッピングをすすめることができた。
 なにしろデジモンの姿を見かけない。まるで、もぬけのカラだ。
 ルガモンによれば、気配はするというのだが……。

瓦屋根の建物

 袋小路。
 オーバーハングしたボロいビルにかこまれた小広場に、瓦屋根の建物があった。
 城というよりは、中華街にあるような廟といった感じだ。
「あれが九狼城……? あそこと、その先もマッピングしないと」
 エイジは廟に歩いた。
「…………」
 ルガモンが足をとめる。
「どうした、ルガモン?」
 先に行っていたエイジだったが、ホロライズ中なのであまりとおくには行けない。
「ここは、おれのナワバリだ。……ナワバリだった」
「…………? なにか思いだしたの?」
「かすかだが臭いがする。おれが残したマーキング……だが、これはおれであって、おれじゃない。もっと、はるかにつよい……!」
「それって……もしかして!」エイジは思いついた。「進化したおまえってことか!?」
「…………! なにか、くるぞ」
 ルガモンは鼻先をビルの狭間のせまい空にむけた。

 バババババババ…………!

 轟音。
 風が暴れた。轟音が地面を叩き、あたりのゴミデータを吹き飛ばしていく。
 エイジはたまらず膝をつく。ルガモンは脚を踏んばる。
「なんだ、なにが来た……!?」

 翼ある影が、九狼城の空を影でおおった。

 まきあがる土埃に思わず目をとじたあと、エイジは手をかざして薄目で空をあおいだ。
「鳥……? ドラゴン?」
「いや、ちがう……あれは!」
 両翼にエンジンがついていた。
 垂直離着陸が可能なティルトローター機をベースにした、マシーン型のデジモンだ。

 カーゴドラモン 完全体 マシーン型 ウィルス種

 機体には、犯罪者を威圧する「POLICE」の文字が。
「デジ対だ!」
 エイジはさけんだ。
「警察だと? なんでウォールスラムの、こんなところに」
 ホバリングするカーゴドラモンから、デジ対のデジモンがファストロープで降下する。
 コマンドラモンだ。
 ヘリボーンした分隊が展開、たちまち拠点を確保した。

 アラート。

 警告音に、エイジは仮想モニタのマップを見た。
 九狼城周辺にコマンドラモンをしめすマーカーが表示される。包囲されつつあった。
「GriMMのチャンネルに……ボイスチャットに開放要求!?」
 エイジは声をあげた。
 作戦チャンネルに警察から警告が入った。
 GriMMは特定企業に属したサービスではない。応じなくても、それだけで即、犯罪行為にはならないだろうが……国家権力に反抗的な態度をとったということにはなる。
「どうするんだ」
「どうするもこうするも、この作戦チャンネルの管理者は、あの面接官だしな……」
 エイジにはチャットを開放する権限がないのだ。

 てやんでぇ! シカトぶっこいてんじゃねぇぞ、この、くそクラッカー!

 ドン!

 上空のカーゴドラモンから、すっとんきょうな声が投げられた。
 声の圧。
 キンキンひびくアニメ声だ。それが、マインドリンクしたエイジの聴覚に、じかにひびいた。

キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo

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