DIGIMON 25th PROJECT DIGIMONSEEKERS

-NOVEL-

CHAPTER1
Eiji:Wolf of ninth avenue

Chap.1-1

 ワイヤーフレームのT-REXが走る。
 ティラノサウルス・レックス。
 およそ6700万年まえ、白亜紀の大地に君臨した肉食爬虫類だ。最大級で体長13メートル体重9トン。
 恐竜。
 でも、そいつは化石をもとにした学者の想像図とは、ちょっとちがっていた。
 T-REXよりは、ずっとちいさい。
 それでいて前脚はいちじるしく発達していて、するどい3本のかぎ爪は獲物の肉をザックリひきさいてしまうだろう。

ティラノモン

 ティラノモン 成熟期 恐竜型 データ種

 ワイヤーフレームの3Dボディに皮膚のテクスチャがはられて、マッピング質感がもたらされていく。
 赤いT-REXもどきが走る。
 彼らは群れていた。
 1頭が獲物をおいかけ、1頭はさそいこみ、もう1頭はまちぶせ……高度な知能にもとづいた集団による狩りを。
 獲物はおいつめられる。
 トンネルの奥へ、奥へと。
 せまるティラノモンのかぎ爪が、ついに獲物を捕らえようとしたとき、

 パァンッ

 ゴォォォォォォッ……耳をやぶる轟音とともに、四角い巨大な物体が猛スピードですれちがっていった。
 地下鉄だ。
 ワイヤーフレームで描画された列車とっさに車両をよけたティラノモンが目視している範囲だけは、路線をしめすラインカラーのバーミリオンで塗られていた。
 行先表示には、どこかで見たことがあるようで、何語ともわからない不可解な文字列が。

 そこは太古のジャングルならぬ、線画で構築されたコンクリートの地下空間。

 3頭のティラノモンは、あらためて逃げた獲物をおいかける。
 トンネルの洞内分岐を折れて、さらに地下深くへ。
 バシャッ
 水を踏む音。
 その先は広大な下水道につながっていた。
 あたりは、のばした指先も見えぬ闇に。
 でも、ティラノモンは知覚している。
 よどんだ風がはこぶ汚物の臭い、すばしこく水路を逃げまわる獲物の足音……つまりは空気を。

 ギャッ

 まちぶせ役のティラノモンが悲鳴をあげた。

 ふいに竜巻が発生し、まきあがった水柱の渦がティラノモンをはじきとばした。
 バランスをくずしたティラノモンは背中から水路にたおれ、腹を見せてひっくりかえってしまう。
 ザシュッッッ!
 そこに至近距離から追撃の衝撃波、不意打ちで強烈なとどめをさした。
 獲物に反撃されたティラノモンは沈黙、赤い皮膚に傷ノイズがひろがっていく。

novel_deco 永住瑛士

 とびだす看板3Dデジタルサイネージ広告。
 顔にクマドリの化粧をしたアクのつよい歌舞伎風ショップマスコットが、店舗から道路にのりだすいきおいで新発売のなんとか肉4倍バーガーを宣伝している。
「なんか、いいバイト話ないかな~」
 永住瑛士はファーストフード店の2階のすみっこの席に陣どると、クーポンでもらったドリンクで長居していた。

 スマホ片手にSNSGriMM(グリム)のトピックをながし読みする。

 GriMMは汎世界的コミュニケーションツールだ。
 基本となるショートメッセージ、ボイスチャット、動画・ライブ配信機能のほか、グループチャンネルにもとづくさまざまなコミュニティが並立している。総ユーザー数は、すべてのSNSのなかでもおそらく上位。最大の特徴は、独自の暗号通貨DC(デジコイン)による金融決済ツールをかねていて、ひとつの経済圏をなしていることだ。
 ただし半分、非合法。
「ツールのコストがバカにならないし、外注じゃなくてプログラムとか本気でおぼえないとなー。あれ……チップまた値上がりかよ。うちの業界も、いよいよレッドオーシャンかなー」
 それっぽいことをひとりごちた。
 情報収集、個人売買、クラウドソーシングの場として、GriMMはエイジのようなフリーターにとってお金稼ぎに必須だ。
 GriMMはいわば、あらたな価値観にもとづいたネットワーク上の共和国家である。
 ……といってもオーバーではないはず。その経済規模は、いまや現実の大国をおびやかすほどなのだ。
「育成ブリーダー……はハードルたかいな。やっぱコレクター相手の捕獲が手っとりばやく稼ぎになるか。でも専業ハンターになるなら顧客かこって販売ルートをもたないと……黒いアグモン? 捕獲報酬1億DC!?」
 エイジは、とある募集にかじりついた。
〝アグモン〟というのは、GriMMに出入りするエイジのようなクラッカーネットワーク不正規労働者界隈で取引されるデータの一種、その名前だ。

 「アグモン・黒」「無傷の生体にかぎる」

 恐竜型のシルエットに募集内容と注記がそえられていた。
 1億DCといえば、ざっくり1億円以上……? エイジには想像もつかない大金だが、10年以上は働かずにくらせるだろうか。
 でも、元発言にぶらさがった返信をながめたエイジは、すぐにテンションがさがった。
 どれもこれも罵詈雑言かイタズラ目的、金をせびるだけの発言ばかり……。
 GriMMは無法地帯なのだ。ネットワークのはきだめだ。
「あー、これ有名な都市伝説ネタかな。1億とか非現実的だし、だいたい黒かったらアグモンじゃねーだろ……って、んがーっ!! おれのティラノモン3号がぁ!」
 思わず声がでた。
 おなじフロアにいた高校生数人のグループが、チラッとエイジを見た。

 去年までは

 エイジも彼らのように高校の制服を着ていた。
 あんなふうにダベりながら、目標もなく、そのかわり将来の不安もない、たいした実感のないたのしい毎日を……。
 スマホをスワイプする手をとめると、もう片方の手でテーブルにおいたべつのガジェットにふれる。
 手のひらサイズで、モノクロ液晶画面と操作ボタンがついている。一見すると電子トイオモチャのようだ。
 画面には、いわゆるドット画で、ディフォルメされた恐竜っぽいものが映っていた。

 ティラノモン

 名前が表示される。でも、そいつは目を×印にしてダウンしてしまっていた。
「バイト探しに夢中で、バイト代ふっとばしちまった~。バカバカ、おれのバカ!」
 エイジは自分で頭をボコボコなぐった。
 ほかの2頭ティラノモン1号と2号が、ちいさなモノクロ画面から、かわるがわるエイジのほうを見る。
 困ったようすで、まるで指示をまっているみたいに。
「たのむぜ! これ以上は、お足が出ちまうよ……!」
 エイジはガジェットを操作し、ダウンしたティラノモンをべつの個体にいれかえた。
ターゲットを捕獲できなかったら、おまえらエサぬき! というか捕獲できなかったら、おれが今月おかずぬきだっつーの」
 ゲームで興奮しているヤバいやつだと思われたらしい。高校生たちは眉をひそめて席を移動してしまった。

 でも、これはゲームじゃない。
 遊びじゃない。

 エイジはクラッカーだ。
 コンピューターがらみの卓越した技術をもつ人間をハッカーというが、クラッカーは、ハッカーのなかでも〝非合法〟〝グレーゾーン〟の活動をいとわない、ネットワーク界隈のなんでも屋だ。
「ツール設定〝捕獲〟! ターゲット再指定〝モドキベタモン〟! クラッカー・〝ファング〟こと永住瑛士をなめるんじゃねぇぞ……コマンド実行! &放置!」
 ポチッと実行ボタンを押した。
 モノクロ液晶画面のティラノモンたちが、どこかに消えていく。
 仕事に出かけたのだ。あとはAIが、あらかじめツールで指定したとおりに〝獲物〟を捕獲してくるはず。
 ふやけた紙コップのドリンクを飲みほすと、エイジはまたGriMMをながし読みしはじめた。

キャラクターデザイン・挿絵イラストレーター:malo

Chap.1-1
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